コンジャンクション その5

しかし、俺とあまり変わらない姿かたち……とはいえ、なんか妙だ。

耳や鼻筋は俺より細いし、脚が、こう……逆側に曲がってるようにも見える。どちらかといえばジールとかルースのような爪先立ちみたいな。

「それが始祖たるゆえんさ。僕らが遥か昔、ケモノと呼ばれていた頃の特徴が色濃く出ているのさ」

まるで俺の心を読んでいたかのようにヴェールは解説してくれた。

つまりは、昔の獣人はこんな姿をしていたってことか?

「そういうこと、知れば知るほど面白いよ」ってまたあいつは屈託のない笑顔を見せていた。

だがそんなことより今はこいつを知る方が先だ。なんでこんなカラカラに干からびた姿しているんだ。

「マシャンヴァルの神王、ディズゥ様の墓の隣に葬られていたんだ。彼は神王の右腕でもあった、と古文書には記されていた」

えっと……右腕ってつまり、最高の仲間って意味だったっけか。こいつは王と一緒に死んだってワケか。

「ゼルネー様に頼まれたんだ。神王と彼を生き返らせてくれって。彼女には永遠の命はあるけど、それに伴った知識はかなり失われていた。そしてタイミングよくマシャンヴァルに流れ着いた僕には知識があった。双方の思惑が合致したのさ。だから手始めに黒衣の始祖である彼を蘇らせてみようとあれこれ試してみてね。最終的にこのエズモールが最適な場所であることを突き止めた。どうしてだか分かる?」

いきなり話をこっちへ振ってきたが……えっと、なんだっけ、あれ。

「コンジャンクションってやつか?」

正解! と手を叩いてくれたはいいが「もう一つあるよ」だとさ。


マジかよ……ダメだ、分からねえ。


「分からないのも無理はない……答えは星鉱だ」

と、俺の出方をうかがっていたゲイルが、始祖の身体にひっついていた皮の一部を指し示してくれた。

よく見ると、ひび割れた身体のあちこちを継ぎはぎしているかのように、大小様々な形の鉄の板が貼り付けられていた。

「いろいろ調べた結果、星鉱が始祖の身体に侵食することなく馴染むことが分かったんだ。ンでもって星鉱を鍛えて様々な形状に作り出すことができるのは……」

「ラウリスタ、だろ?」

ゲイルは、そういうことだと軽くうなづいた。

だけど……あのラウリスタは、っと、これもヴェールに考え読まれたら最悪だな、と俺は話題を切り替えた。


「だいたい言いたいことはわかったが、なんで敵の俺を連れてきたんだ?」

「引き寄せあってるから……かな。それ以外に理由なんてないよ」

あっけに取られた俺を前に、ヴェールは続けた。

「これもディズゥ様のお導きかも知れないしね。だって僕たちが彼を復活させようと悪戦苦闘している時に、子孫であるラッシュ、君が来てくれたんだもの」

「俺がこの吊るされてる干物を今から叩き斬ってもか?」

そう言って俺は背中にある大斧に手を伸ばした……が。

瞬間、また激しい頭痛と共に例の声が聞こえてきた。

今度は遠くからじゃない、そう……目の前だ。


ーおぬしかー


なんだろう、親方のような懐かしくもあるその声。

どこかでこいつと出会ったことが……? いや、そんなわけはない。

だが俺の身体が意思とは裏腹に拒んでいる。

こいつを破壊しては、斬ってはいけないと。

ダメだろ、こんな奴を復活させたらここで戦っているエッザールやマティエたちもただでは済まない。

ちくしょう、どうすればいいんだ……!

ブチ割れそうな頭痛に耐えきれず、俺はその場にひざまずいた。


「その目に光なく、その牙に光なく、その身体に漲りはなく」

ふと隣を見ると、ヴェールがなにかを始祖に向け唱えはじめていた。

「かつてその大地に力をおろした父なるけものびと。全ての大いなる星々が連なりし今、再びここに命を与えん」


そしてヴェールは、ゆっくりと俺の方を向いた。

「さあ、彼の名を」

「……え?」

「ずっと君を呼んでいた、ラッシュだけが名前を知ってるんだよ」


ー……ウス……ー

だんだんと、頭の中を駆け巡っていた声が鮮明さを増してきた。


ー呼べ。ガーナザリウスとー

「ガーナ……ザリ……ウス」


その直後、俺の背後の壁に大きな亀裂が生じた。

亀裂は部屋を引き裂くかのように天井まで伸び、そこからまばゆい一条の光が差し込んだ。そしてその光の示した先は……


始祖、つまりガーナザリウスの頭頂部。

光の槍がまるでやつの頭を貫くかのように刺し貫いた、その時だった。


ドクン!

激しい鼓動……だがそれは俺の胸でも頭の中でもない。

俺の始祖ガーナザリウスの発した、心臓の音だった。


「感謝するよラッシュ。成功だ」

天井から伸びた幾本もの血管が、鼓動に共鳴するかのように激しく脈打ちはじめた。

みるみる間に、ガーナザリウスの乾いた身体が血色を取り戻していく。

だが血の色どころではなかった、血を吸収した肌は、どんどんとドス黒さを増してゆく。

「黒き血の衣をまとったけものびと……そう、彼こそが君の遥かな先祖であり、我がマシャンヴァルの黒き父!」


ヴェールは高らかに笑い声を上げた。

兄ルースとは似ても似つかぬ、邪悪な、地の底から湧き出てくるかのような声で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る