コンジャンクション その3
「ついてきて」と、あいつは軽い足取りで奥の暗闇へと消えていった。
やっぱり不思議だ……盲目だってのに、岩場につまづくこともない。それに壁にぶつかるなんてこともない。そう、普通に目が見えているのとなんら変わりがない。
さらに驚いたのが、さっきまで波のように襲いかかってきた人獣。
いや、相変わらず奴らは周りにいるんだが、ヴェールの姿を認めるやいなや、下がって道を作りはじめたんだ。
「大丈夫だよ。彼らは一切手を出してこないから」
やはり、こいつはマシャンヴァルの……ってことか。
だから、と前置きして、闇夜に溶け込んだあいつは告げた。
「君も手を出さないでね。約束だよ」
なるほどな、交換条件じゃあないにせよ、これはちょっと厳しいかも。目の前の連中を前に斬り伏せることもできないとは。
案の定、人獣どものわずかに黄色く光る目は、じっと俺の方に向いている……嫌な気分だ。殺ることも、殺られることも出来ないだなんて。
ヴェールに先導されてしばらく歩くと、ふっと空気の匂いが切り替わった。人間だとこの微妙な違いは感じられないだろう。
なんというか……わずかに血の匂いが混じっている。
しかも足を進めるたび、その匂いは濃さを増してきている。
ああ分かる。これは嗅ぎ慣れた戦場の匂いだ。
「君にとって懐かしい匂いがするんじゃないかな?」ヴェールは俺の気持ちを察したのか、クスリと鼻で笑いつつ聞いてきた。
「お前はどうなんだ?」
「質問を質問で返すのはあまり好きじゃないんだけど……うん。マシャンヴァルも似た感じかな。あそこは造られた血によって全てが成り立っているから」
造られた血……なんなんだそれは?
うーん、とヴェールは突然立ち止まり、なにか悩んでるように見えた。
「僕もね……神王やゼルネー様みたいに最初っからマシャンヴァルの生まれじゃないから、そこまでは分からないんだけど」
ふん……また聞き慣れない名前かよ。
「マシャンヴァルはね、国自身が生命を持っているんだ。生きている国……つまりはあの国そのものが母ってこと」
「地面から人間が生まれるのか?」
そうだよ、面白いでしょ。とうきうきした口調であいつは話してくれた。
だからこそ、僕は全てを知りたいためにマシャンヴァルに行ったんだ……と。
ルース風に言わせれば、知的好奇心……だっけか。俺も詳しい意味は忘れたけど、たぶん似たようなことだ。俺が戦いに飢えているように、この兄弟も頭ン中の書物に埋まるほど書き留めたいって渇望しているのかも。
さらに奥へと進むと、地下水が漏れ出ているのだろうか、湿った風にぴちゃぴちゃと濡れた足の感覚。もう人が掘り進めた触感も消えた。
「お待たせ、ここだよ」
突き当たり……いや、行き止まりだ。見上げるくらい巨大な、固そうな石が目の前を塞いでいる。
だが、ヴェールはその巨石に気付いてないのか、そのまままっすぐ進んで……ってあれ?
「ふふっ、君には見えるんだよね、この大きな石」
そのまま石に吸い込まれるように、あいつは消えちまった。
「目に見えるものが現実とは限らない。大丈夫だよ、このまま入って」
言われるがままに俺も困惑しながら突っ切った。奴には見えないが俺には見えている……奇妙だ。
……と。視界がいきなり渦を巻いたと思った直後、俺の目の前に広がった光景。
大きな部屋だった。ついさっきチャチャが潜伏していた穴の中の部屋よりはるかに巨大な。
「ヴェール、どこに行ってたんですかい。トイレって言うから……っておいラッシュ!?」
「でぇっ、ゲイル!?」
だが部屋にはゲイルとヴェールだけじゃなかった。その奥には……
デカい人間……いや、俺と同じ鼻面と耳を持つ巨大な、しかし干からびた青白い肌をした獣人らしき存在が、地面スレスレに磔にされていた。
ひょっとして、これが……
「そう、黒衣の始祖。君のご先祖様さ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます