おねえちゃんだいすき

一方、廃坑内では……


ーココデ 間違イナイノカ?

ーは、はい……前からずっとよそ者が居着いてるみたいで。

ー一週間前カラ仲間ガ次々イナクナッテル キットコイツノ仕業ニ違イナイ!


声のする壁にぴったり耳をくっつけて、チビは聞いていた。

「ここでジャノ姉ちゃんを看病しててくれ。何かあっても絶対大声を出すんじゃないぞ」

ラッシュの言葉を思い出し、背後の岩陰でまだ苦しそうな声を出しているジャノに目をやる。しかし彼女は暗がりでまだずっと倒れたままだった。

「ジャノおねえちゃん……」心細さのあまり声が出てしまうが、彼女はまだ答えられる状態になかった。


息を殺してしばらくすると、突然壁の向こうから、ドン! と大きな衝撃が部屋全体を揺るがした。

立て続けに二度、三度と壁が揺らぐと、みるみる内に壁に亀裂が入り、やがて割れ落ちていった。

「明カリガツイテイル 誰カココニイル!」

小柄な体格に大きな木槌を手にした人間らしき者たちが、崩れ落ちた穴からわらわらとなだれ込んできた。

ざっと十人くらい。みんな剣や斧を手にしている。だがその照らされた肌は薄い緑や、まるで血の気が引いたかのような青白い色ばかり。

おおよそ人間とは言いがたい異様な姿を目にした子供の手が、足が、恐怖のあまりガクガクと震えていた。


「食事シタ形跡ガアル ヤッパリサッキマデ誰カイタ証拠ダ!」

チビはジャノのいる岩陰へと身を隠していた……が、今までそこにいたはずの彼女すらも唐突に姿を消していた。

「おねえちゃん……?」

「誰カイルノカ!?」

人獣の一人がチビの声に反応した。

あわてて逃げようとしたが、素早い影は子どもの周りをたちまちの内に、音もなく取り囲んでいた。

一人の手にした槍が、チビの喉元へと突きつけられた。

「オマエ 一人ダケカ?」

「…………」

「コタエロ! 仲間ハイルノカ?」

だが恐怖で舌がこわばり、声を出そうにしても息もできない。

「オイ コイツゼルネー様ノ子供ジャナイカ?」人獣の一人が、今にも泣き出しそうなチビの顔をグイと上げ、その病的なまでの黄色く濁った目でじっと見据えた。

「ソウダ ゼルネー様ノ子ダ! シカシ何故コンナ所ニカクレテイルンダ?」

「ナラバゼルネー様ノ元ヘ持ッテ行カネバ!」

幾本もの瓦礫のような細く筋張った腕が、震えるチビの身体を掴んだ。

「や、やだーっ!」悲痛な泣き声が坑道の中に響き渡る……が、それはすぐさま人獣の甲高い声にかき消されてしまった。

抵抗しようにも、その細い身体からは想像できないほどに人獣の力は強かった。

「おねえちゃん!」喉からしぼり出した渾身の叫びが、坑道の空気を揺るがしたその時だった。


ゴッ!!

鋭く風を切る音が、チビを羽交締めにしていた人獣の首を瞬時に跳ね飛ばした。

その黒い影はチビの身体を優しく抱き止めると、軽いステップですぐさままた岩陰へと。

「ごめんねチビ。もう大丈夫だから」

「ジールおねえ……?」

ジールだとずっと信じていた。だがそれは違っていた。

彼女以上に黒く短い、そしてつややかな毛に身を包んだ、まだあどけない黒豹の顔をした少女。

「……おねえちゃん、だれ?」

「え、あ……そっか。この姿まだ見せたことなかったんだよね」

硬く強張っていた身体を大きく伸ばし、黒豹の少女はあらためて人獣へと向き直った。


「オイてめえら、よくも俺のかわいい弟に手を出してくれたな!」

と、鋭く爪の生えた手をパキパキと鳴らす。


「チビ、目ぇ閉じて耳ふさいでてくれる。こいつらすぐ片付けるから」

「え、ジャノ……おねえちゃん?」

涙でぐしゃぐしゃになったチビの頬に、彼女は軽くキスをした。

「そうだよ」


ーそして、彼女の足元に人獣の骸が散らばるまでには、ほんの数秒もかからなかった。

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