望む未来、ありえる未来 その7
「父さん!」
支える腕がパキッと砕け散り、俺はそのまま地面にうつ伏せに倒れ落ちた。
目の前には、さっきまで俺の右手だったものが剣をまた握りしめたまま、同じく地面に突き刺さっている。
両腕が無くなった。
耳に響くチビの絶叫と仲間たちの声が、すげえ遠くから聞こえるように感じる。
「さて、どうするかね愚鈍王ラッシュ」
ズァンパトゥが俺の顔面を蹴り上げてきた。くそっ、腕が無いから起き上がれねえ。
そのまま抵抗すらできない俺を、何度も殴りつけた。
ダメだ……身体にもう力が入らねえ。
「滑稽だな、もはや振るう腕すら無くしてしまったとはな、フハハハハ!」
こいつなに笑ってんだ……いや、俺いまどういう状況にいるんだっけ? それすらも思い出せなくなってきた。
こんなこと初めてだもんな。
息をすることすら出来なくなってきた、そうか、俺このまま……
べちゃっと、俺はまた泥の海へと沈んだ。
ヤバい、これが負けるって感覚なのか?
ダメだ、俺……立ち上がらなければ、このクソ野郎をぶっ殺さなければ、俺は……
「分かってんだろうが、だからお前はバカ犬って言われるんだ。こういう時こそアタマ使え!」
泥の奥底から懐かしい声が聞こえた。チビの声じゃない、誰だっけか。
「今のうちに堅ぇモン喰って顎と歯を鍛えておけ。そうすりゃ重いモン持った時に歯食いしばれる」
まくし立てるように早口で、タバコ臭くて、でもってウザったくて……って親方の声!?
「まだ分かんねえのか。その牙はお前ら獣人に残された最後にしていちばん強ぇ武器だろーが。相手の喉笛に噛み付いて喰いちぎるんだ。そうすりゃ大抵の人間は血の泡吹いてすぐ死ぬぞ」
いつの日だったか、親方がそんなこと言ってた気がする。
そうだ、たかが腕が取れちまっただけだ……大したことねえ!
歯を食いしばって俺は立ち上がった。まだ足は残ってる、そうだ、牙もな!
「父さん!」チビが泣きそうな声で俺の元へ駆け寄ってきた。大丈夫だ、俺は死ぬために立ち上がったんじゃねえから。
「チビ……お前は諦めてねえよな?」
「うん、父さん絶対に立つって信じてたから!」
フラフラな俺の身体を、あいつは懸命に支えてくれた。
「剣を……俺によこしてくれ」
「え、けど……腕が」
「まだ俺には牙が残ってる……だろ?」
ボコボコにされて何本か歯は砕けたが、幸いにも牙は四本、きっちりと残っている。
それに血と泥にまみれて目もほとんど見えてこないが、それだって大丈夫だ。あのクソ忌々しい声で奴がどこにいるのかはだいたい見当がつく。
大きく息を吸い込み、俺はチビの持ってきてくれた剣の柄に食らいついた。
口で持つなんて生まれて初めてのことだから、手で持つ以上にすごく重く感じられる。
顎を鍛えてなかったら速攻で落としていただろうな。親方に……いや、ここまで俺を鍛えて育ててくれたみんなに感謝しなきゃ。
「悪あがきにも等しい行為だな」
ほざいてろ、まだ俺は戦える……!
つーかこのクソ野郎にも礼を言わなきゃな、俺にトドメを刺さずにいてくれたことに。
軽いのか重いのか分からない身体と剣を引きずりつつ、俺は一歩一歩奴の元へと進んでいった。
一撃で決められるか……? いや、無理ならこいつと相打ちにでも持ち込められれば!
これが最後の一発だ!
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