望む未来、ありえる未来 その6

……不思議と痛みも喪失感も、それに焦りもなかった。あるのはただ、身体のバランスがちょっとおかしくなった、それくらいだ。

それに腕がまるごと無くなっちまってこれからどうする、みたいな切羽詰まった感覚すら皆無だ。

まあどうせいつか手足の一本くらいは戦いの中で喪くすだろうとは思っていたさ。親方だって脚を切り落としたくらいなんだし。


そうだ……だからって戦局がガラッと変わったわけじゃねえんだ。隻腕ってのも悪くはないかもな、メシ食う時に皿が持てないのが残念だが。


「ふん、片腕がなくなった程度で戦意すら失う貴様ではあるまい?」

「それは俺が先に言いたかったんだけどな……」と、倍の重さになった剣を肩に担ぎ上げた。

血が目に入って視界が真っ赤に染まっていた。まるで夕焼けだな、なんてガラにもない思いが頭をよぎった。

戦闘再開、俺は大きく振り上げた剣を、そのまま奴の首元に叩きつけ……ようとしたがあっさりと弾き返されてしまう。よろけた体制を立て直そうとするたびに全身の筋肉が、骨が今まで聞いたことないような悲鳴を上げる。

先が全く見えない。つーかこのバケモノにはそもそも体力ってモンが存在するのか?

俺の心で自問自答しつつ、二の太刀をぶつける。

奴の身体に触れたら最後だ、またその部分が水晶みたいになってしまう。

何度も何度も斬りつけていく、流れる血とともに意識も地面に吸い込まれて消えていく。


ああ、俺いったいなんでこんな奴と戦ってるんだっけ……

あれ、そういや俺、以前にもこんな状況に陥ったことなかったっけ?

そうだ、昔マティエに振り回されて、えっと、あいつ……イーグとエッザールとで文句言いながら戦って、もうダメだって時になったら、頭の中が真っ黒に染まって……

「そうか、貴様はもう全ての力を無くしてしまったんだったな」


……え?


「いま、なんて言った……?」力を無くした、どういうことだそれは。

「おやおや、そんなことすらも忘れてしまっていたとはな、流石愚鈍王の異名を持つだけはある」

「……あいにく、三日で忘れちまうタチでな。できたら教えてくんねえか?」


よろしい。とズァンパトゥは攻めの腕を下ろしたと思いきや、突然俺の前に、まるでケーキに乗せるクリームみたいに自分の首だけを伸ばしてきた。

「見えるか? 己の顔が」

きれいに磨かれた鏡のような奴の顔。そこには目も口も存在しない、ピカピカなその顔らしき場所には、俺の顔が……血だらけですっかり疲れきった情けない顔が映り込んでいた。

……って、あれ?

よく見てみると、そうだ……傷跡がない!

俺のトレードマークとも言える、あの鼻面に刻まれた十字傷が見えないんだ。

「分かったか、間抜け面の王。それが今のお前だ」

「傷が……そうだ、あの時ディナレがつけた傷が!?」

「貴様も、そして後ろで見ているお前の息子もだ。聖女ディナレの復活のために全ての力を手放したのだ。つまりお前たち親子はもはやただの生き物でしかない」

「だから、もう俺は何でもない存在ってことか」

鏡の顔は、そういうことだと軽くうなずいた。

「聖なる国への礎。ディナレの復活。獣人どもの自由な国。そして人間との共存……分かるか? 貴様のこの愚かな夢が。そんな夢に心乱されたリオネングの王は、国民と共に全てを無に還すために自らの命を捧げて、この私を甦らせたのだ……だが小蝿のようにちっぽけな命だ、私の力もダジュレイたちとほぼ変わらない程度だったがな」


小蝿……か。ふん、コイツに取ってみれば俺たちの命なんぞ虫と同類ってことか。

だがその言葉が、かえって俺の消えかかっていた闘争心にまた火を投げ入れてくれた。

俺もチビも今やただの生き物、聖女でもなんでもなくなっちまったんだ。つまりは奴の言う虫……ああそうさ。虫なら虫でてめえに死ぬまで喰らい付いてやるさ!

「ククク……よもや、貴様が私の身体にここまで傷をつけるとは思っても見なかった……だが最後には私が勝つ!」

「っざけんなこのクソ野郎が!」

俺の剣と奴の鋭く尖った腕がまた斬り結んだ。

おそらく奴の言うとおり、もう体力なんてない、もちろん俺もそうだ。この身体を動かしているのは気力のみ。


そうだ……どっちが勝とうが負けようが、この戦いが終わったら、俺は死ぬかもな。

……だったら!

渾身の俺の突きを狙って、今度は奴の腕の刃が右の肩に深々と食い込んだ。


「希望は捨てろ、愚かな王よ」


残された俺の右腕が、パキパキと音をたてて水晶へと変わっていった。

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