望む未来、ありえる未来 その5
……もうどのくらいの時間、奴と斬り合ってたのかすら分からなかった。
こんなの、親方と打ち込み稽古した以来かもな。
両の腕の感覚は失われて、剣を握りしめる手のひらはズタズタに切れてもはやボロ布と相違ない見た目と化していた。
朦朧とした意識の中、ふと周りを見回すと生き残りの仲間……そう、獣人や人間たちが、両手を合わせ、膝をついて俺の戦いをじっと見続けている。
よせよ、俺は神さんじゃねえぞ。祈りなんて捧げるな。
「どうした、もう体力が尽きたか」
残念だけど奴の言うとおり。最初に身体に食らった一撃のおかげで、息を吐くたび泡まじりの血が止めどなく口からあふれ出てきている、まともに呼吸なんかできねえ。つまりは……えっと、なんだっけ。もう考える余裕すら無くなってきている。
だけど俺の身体だけは「それ」を覚えていた。何百、何千回も岩砕きの親方に叩き込まれた唯一の崩し方を。
だがこいつの硬さはそんじょそこらの岩とは違うけどな。
俺の身体をどうにか支えていた剣を下段に構える……が、もう持ち上げる力すら無くしているから、地面を引きずりながら、狙うは一点!
「うおおおおおおおおっ!!!」
渾身の力で奴の右腕に斬りつけた。いやこいつほぼ鈍器だから、打ち込んだといった方がいいかも知れない。
なんて言ってたっけ……でっけえ大岩だって、水の一滴で真っ二つに割れることがあるんだって。
ガキの頃、そんな親方の言ってることが信じられなかった。
だが現実は違ってた。
何年もずっと、同じ一点に水が滴り落ちていれば、いつかはそこが大きく窪み、さらには亀裂が生じ、いかなる大きな硬い岩であろうとも綺麗に割れることを。
「要は根気よ。どんなクソ硬い奴だってな、あきらめずに一つのところだけを打ち続ければどうにかなるんだ。まあどんだけ時間がかかるかは分からねえけどな、ガハハ!」
そうだ、だから俺はぶん投げた時に奴の片腕だけは絶対に持っていこうと決めていた。
「貴様……性懲りも無く何度も!」
へっ、そんなこと言ってる場合か!
血でガチガチに固まってた左手を刀から引き剥がし、俺はわずかにヒビが入ったズァンパトゥの右腕をグッとつかみ取った。
右手の刀を奴の肩口に突き立て、そのままグイッと捻り、もぎ取る!
「ガァァァァァッ!!!」
悲鳴が耳に刺さる。こんな無機物みたいな野郎でも痛みはあるのか。
とかなんとか言っても俺の作戦は成功した、右腕さえ取れば、あとは……
「いいのか?」
目前の奴の口元が、僅かにニヤけた。
え? と答える間もなく、俺の左手……そうだ、もぎ取ったズァンパトゥの腕が水晶みたいに透明になった途端、今度は握りしめていた俺の腕までが固まっていた。
まるで、凍っていくかのように……手首から肘へ、そして……
「な……んだ!?」
驚いてもいられない。俺はすぐさま……皮肉にも奴の腕をもぎ取った自分の左腕を今度はぶった斬る羽目になろうとは。
握った右手に力を込め、俺は水晶と化した左腕を引きちぎった!
……だが不思議と血も出ない、痛みも全く無かった。
なんなんだ……俺自身の腕をちぎり取ったってえのに、腕が存在しているようでいない感覚だけはあるのに、痛みすらないだなんて。
俺の左腕はといえば、完全に水晶の氷柱へと変貌していた。もう少し遅ければ、俺自身も……
「ククク……また振り出しへ戻ったようだな。俺は右腕、そして貴様は左腕を失った。さて、これからどうする?」
ふざけンな、腕の一本や二本無くしたところで別に大したことねえ!
踏ん張ろうとしたが、もう腰から下の感覚もほとんどなくなっていた。
「ちょっと身体が軽くなっただけだ……けっ、こんなのカスリ傷にもなりゃしねえ」
まだ右腕が残ってるじゃねえか。大したことねえ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます