第14話 料理の練習と小さな嘘

「よしっ、美味しい」


 七虹さんとはどんどん仲良くなり、七虹さんにいつかお返しで俺の作った料理をごちそうしようと決めてから俺の料理の腕もどんどんあがっていった。

 料理って考えるとややこしかったり、とっつきにくかったりするけれど、料理なんて化学実験と同じ。


 決まった手順を決まった分量と温度、そして時間でこなしていけば、ほぼ書かれているのと同じような結果を得ることができる。

 そう考えてからは、随分気楽になって料理をするようになった。


 ただ、自分で料理してしまって食べるものがあると、せっかく七虹さんからお裾分けをもらってもなかなか食べることができない。

 つい、レシピ通りの分量でつくると二人分とか四人分になってしまう。自分で作った料理は雑に食べることができるけれど、七虹さんからの料理はゆっくり味わいたくて、すぐ食べるのももったいなくて、俺はついつい七虹さんの料理を食べずに、大切に冷凍庫に保管していった。


 しかし、七虹さんは本当にやさしい。

 毎日、俺に肉料理を食べさせようとお裾分けをしてくれる。

 普通の貧乏学生だったら、肉のお裾分けっていうのは最高に嬉しいだろう。

 だけれど、俺はなんとかアルバイトにありついて貧乏学生という領域はなんとか脱出していた。


 だから、七虹さんの料理は本当に心の支えとして、むさぼることなく、冷凍庫に静かにしまっておくことができた。

 家に帰れば、俺の部屋の冷凍庫の中に肉が眠っている。好きな人の作った手料理が俺の帰りを部屋で待っている。


 そう思うとすごく安心した。


 トントン、トントン


 今日もドアが叩かれる。


「カイさん、隣の者ですがー」


 俺のことをそんな封に呼んでドアをたたくのは七虹さんしかいない。

 大学で出来た友人達は、ドアなんかたたかないし、俺のことを「カイさん」なんて丁寧に呼ばないし、そもそもほとんど男ばかりだ。


「はいはい、お隣さん。今あけますので、少々お待ち下さい」


 俺はちょっとくだけた口調でそう言って、エプロンを外す。

 せっかく、七虹さんからお裾分けをもらっているのに料理をわざわざしているのがばれたら気分を害したり、自分で料理をするならお裾分けはもういらないと思われてしまうかもしれない。


 それに、いつか料理をごちそうするときにこっそり努力をしていた琴は内緒にしたい。できたら、料理もできる素敵な人って思われたい。

 地道な努力をしてたってばれるのはなんとなくちょっと恥ずかしい。


 俺が玄関をあけると、そこにはいつもどおり七虹さんがいた。

 今日は水色のチェックのエプロンに紺のコットンのスカートに着心地のよさそうなティーシャツだ。

 すごく良い奥さんになりそうな感じ。


「あのね。カイさん、今日はね。トリッパって言って、イタリア風のもつ料理をつくったの。冷凍物のモツだから美味しいかちょっと自信ないんだけれど……」


 七虹さんが、上目遣いでこちらをみつめる。

 うわー可愛い。抱きしめたい。

 だけれど、俺は格好をつけてこういった。


「七虹さんの料理はいつも美味しいから大丈夫」

「本当、嬉しい!」


 そういって、七虹さんは飛び上がりそうなくらい喜ぶ。


「毎日、残さず食べてくれて嬉しいな♪」


 俺はこのときの七虹さんのセリフをちゃんと聞いていなかったことを後悔することになるなんて思ってもみなかった。

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今日も隣の部屋に住むお姉さんが、お裾分けを持ってきます。 華川とうふ @hayakawa5

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