第9話 いつ部屋に行くか?

 昨日、お隣の美人なお姉さんこと西野さんもとい、七虹さんにお裾分けをもらったタッパーを前に俺はかれこれ三十分以上悩んでいた。

 タッパーは昨日のうちに洗ってあるので、ぴかぴかだ。返す準備は万端だった。タッパ-のほうは。


 今朝、七虹さんに会ったときは「後で返しに行きます」っていったけれど、ぶっちゃけどのタイミングで行っていいのか分からない。


 昼間は何か用事があるかもしれないし、思い切って行ってみても留守かもしれない。

 いや、それはないか。

 さっきから、トントンと包丁でリズムが刻まれたり、ジュウジュウとなにかが炒められる音がしたり、だんだんいい香りが漂ってきている。スパイシーで美味しそうだけれど、カレーじゃない香り。なんかの匂いに似ているけれど、なんの匂いかは思い出せないけれど、ものすごくお腹がすく匂いだった。


 料理が終わったのか今度は食器を洗う音が聞こえる。

 キュキュッと食器が鳴った。

 壁が薄いとまる聞こえだ。

 もしかしたら、この部屋の壁だった指でつついたら障子のように簡単に穴があいてしまうかもしれない。

 この壁に穴を空けたら、七虹さんの部屋とつながる……。

 俺は自分のちょっと危ない妄想にやばいと思いながらちゃんと、意識をさっきから考えていることに焦点をあわせた。


 昨日と同じくらいの時間ならと思うけれど。そうするとちょっと時間が遅い気がする。あまり遅い時間に女性の部屋を訪問する(といってもタッパーを返すだけ)のは良くないんじゃないかと思ってしまう。


 どうすればいいんだ?

 というか、何て言って返そう。


 今朝は勢いで「七虹さん」って呼んじゃったけど、キモいとかなれなれしいとか思われていないだろうか。でも、名前で呼んでって言ってきたのは七虹さんだし……。


 うーん。どうしよう。

 しかし、今朝の七虹さんすっごく可愛かったな。

 昨日よりはちょっと高い位置でシュシュで髪をまとめていたので真っ白なうなじが見えた。

 明るい日光の下だと、黒髪も少し明るめな色に見えて、大人っぽいという印象が消えて、下手したら高校生くらいにも見えていたかもしれない。


 襟からちらりとのぞくベビーブルーのブラジャーの肩紐のリボンもなんというかすごく、ドキドキした。

 しかし、あんなに大きな胸を細い肩紐の部分で支えているのは不思議だった。まさに神秘。

 謎すぎる。


 そんなふうに、考えたり脱線したりしていると、


 トントン、トントンッ


 と玄関のドアが叩かれた。


 七虹さんだ。

 直感的にそう思った。

 俺は慌てて、タッパーを手に取り、「はーい」と返事をしながら玄関に向かう。

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