第7話 七虹さん
翌朝、学校に行こうとすると、隣に住む西野さんは、昨日とは違うエプロン姿で家の前を掃除していた。
黒いワンピースに生成り色のエプロン姿で箒をもった西野さんは、マンガに出てくるメイドさんみたいだった。
なんと、布まで取り出してドアノブまで磨いていた。
きれい好きなんだなと感心する。
流石に、一人暮らしをはじめて自分の部屋の中くらいは最低限掃除はするけれど、部屋の扉を外から掃除してみようと思ったことはなかった。
「おはようございます。カイさん」
お隣の西野さんの笑顔は太陽よりもまぶしかった。
西野さんの存在のおかげで俺は一瞬で目が覚めた。
「おはようございまスッ」
緊張してちょっとだけ噛んでしまった。
恥ずかしい。
けれど、西野さんは気にするわけでもなく世間話を続ける。
「当分、雨は降らないみたいですねー」とか、そんな感じの世間話だ。だけれど、俺はせっかく西野さんが話しかけてくれているのに、ちゃんと答えられない。
昨日のお礼を言わなきゃって、何て言おう、言うタイミングはどうしようとそんなことを考えるのに必死だった。
「カイさん?」
気が付くと西野さんがこちらを見つめている。
というか、さっきより近い場所にいた。
そして、西野さんの手がこちらにのびる。
「えっ? ああ、はいっ!」
なんとかそんな返事にもならない返事をすると同時に、西野さんのきゃしゃな手が俺の額を覆った。
ちょっとひんやりして心地がよいけれど、想像していたよりも小さかった。
「うーん、熱はないみたいですね。でも、風邪っぽいなら無理しない方がいいですよ。こういうご時世ですし……」
「いや、風邪なんて……」
「そうですか、でも顔がちょっと赤い気がしますし。ぼーっとしているみたいでしたよ?」
「大丈夫ですっ、大丈夫」
俺は慌てて否定する。
そして、もう一つ大事なことに気づいた。
近くにきたせいで、西野さんのワンピースの襟元を上から見えるようになっていた。そして、その襟元からはちらりとブラがのぞいている。
いや、もちろんブラのレースとかじゃなくて、ちらりと肩紐がみえるくらいなんだが。薄い水色の光沢のあるリボンしかみえないのに、なぜだかそれがものすごくドキドキした。
「あ、ああの。西野さんっ」
「はい?」
西野さんは俺とは違ってごく普通の態度だ。
箒をもってニコニコ微笑むのは昔アニメでみた美人管理人さんみたいだった。
「昨日はごちそうさまでした。美味しかったです。タッパーあとで返しに行きます!」
言えた。
すると、西野さんはにっこり微笑んで、
「良かったです」
と言った。
その微笑みだけで、俺のドキドキは加速した。
なんだか小学生の男の子が片思いしたときみたいだ。
恥ずかしい。
ただ、もっと西野さんと話してみたかった。
でも、もう話題がない。
西野さんが「良かったです」って言ったところで会話は明らかに一区切りついていた。あとは、「学校にいってきます」っていうくらいしかないだろう。
「あのー、カイさん? 学校、行かなくて大丈夫ですか。もうすぐ一限はじまる時間ですけど」
西野さんに言われてスマホをみると、確かに今家をでてギリギリという時間だった。
やばい。
ほとんど行ったことのないキャンパスだから、キャンパスの場所は分かっても一限の授業の教室を探すのに手間取るかもしれない。
「本当だ。行かなくちゃっ。言ってきます、西野さん!」
俺はあわてて言って自転車に乗る。
「あのー」
西野さんが家の前で何か言おうとしていた。
「はい?」
「あのー、西野さんじゃなくて
そういうと、西野さんもとい七虹さんは、大きく手をふって「いってらっしゃい」といってくれた。
俺は条件反射で「いってきます、七虹さん!」と気づいたら叫んでいた。
なんだかマンガやドラマのワンシーンみたいだし。もしかしたら、そのドラマで俺と七虹さんはカップルの役なのかもしれないと錯覚するような一場面だった。
俺は学校までの坂道を自転車を全力で恋で、まちがえた、漕いで登った。
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