第145話 反攻作戦







「それじゃあ、フィロ。頼む」

「はい」


 とある兵営の近く、茂みに隠れながら佐三がフィロに頼む。フィロは目を閉じたまま大きく息を吐いた。


「いきます!」


 フィロの言葉から一拍おいて銃声が響き渡る。一発や二発ではない。二十人以上の兵士が一斉に撃っている。それもに対して。


 銃声は鳴り止まない。阿鼻叫喚の声が兵営から聞こえてくる。そうした物音が全て無くなるのはしばらくしてからのことであった。


「私が操っていた人達は……全滅しました」

「中に人は残っているか?」

「分かりませんが、最後の一人は命令通り自決しました。隠れていない限りは、この拠点は全滅です」


 フィロが答える。いずれにせよ少なくない被害は与えている。目的が達成されたのであれば速やかに撤退するのが筋だ。


 佐三はフィロの言葉に頷くと、その場を後にして歩きだす。フィロもしっかりとその後ろをついていった。


 今、確かに松下佐三は戦争をしていた。











「大丈夫か、フィロ?」


 馬にまたがりながら佐三はフィロに声を掛ける。既に今日だけで三つの拠点を回っている。移動だけでもそれなりに疲労した。


「いえ、大丈夫です。佐三様」


 フィロは汗を拭いながら笑って言う。佐三もそれを見て小さく笑い、また視線を前へと戻した。まだまだやるべき事はたくさんある。休んでいる暇はなかった。


 佐三の作戦、それはフィロの力を十二分に利用し、各兵営を一つずつ破壊していくことである。とりわけ、補給線を意識して攻撃を繰り返すことで敵の進軍を送らせることが狙いだ。


 現在佐三とフィロは主神教の拠点から南下し、猫の町よりもさらに東南方向へ行ったところで活動をしている。この作戦行動は三日目になり、今は四つ目の拠点を落としていた。もっとも落とすといっても占領ができるわけではないので、しばらくすればまた支配されてしまうのだが。


(だが、構わない。別に押し返すことが目的じゃない)


 佐三はこの作戦の最終目標をかの侵略国家がこの土地にこだわるのを諦めさせ、撤退させることに定めた。そしてそのために幾つかの条件が必要と考えた。


 第一に兵士達及び現場部門の士気の低下である。相手の資源を枯渇させたり、相手の兵士を殲滅するのは現状を鑑みれば基本的には不可能である。しかし向こうのやる気を削ぎ、撤退を促すことは可能ではある。佐三はそう考えていた。


 第二はこちら側の勢力が反抗の姿勢をもつことである。現在あの圧倒的な装備の前に、領主及び王国はろくに戦う姿勢すら見せていない。多くの民衆も諦めたようすで支配を受け容れつつある。


 しかし状況が劣勢になり、可能性が見えてくれば、戦意をもちはじめる人間もでてくるかもしれない。いずれにせよ、二人だけでどうにかなるとは思っていなかった。


(俺は戦争なんか知らんし、もとより商人だ。ちょっと現代の知識がある程度で勝てるとは思わん)


 あくまできっかけだけでいい。佐三はそう考えた。


「佐三様、これからはどうしますか?」


 フィロが尋ねる。


「一応この先に集落がある。アイファ達が住んでいるところだ」

「そうなのですか?」

「そこで一晩泊まる。アイファには会わないがな」


 聡い彼女のことだ。会えばもしかすると此方の思惑すら読んでしまいかねない。それに戦いの最中に変に感傷に浸りたくもない。佐三はそう思った。


「わかりました」


 フィロは手綱を握りしめながらそう答えた。

















(よく寝ているな……)


 疲れたのだろう。ベッドに入るなりすぐに寝入ってしまったフィロを眺めながら佐三は今後のことを考える。


 そもそも戦うという選択肢が残った理由の一つにフィロの存在がある。フィロの夢魔病と呼ばれる力、人を操るその反則じみた力があるからこそ軍隊にも対抗しうるのだ。


 現在フィロに聞くところ男性であれば三十人近く同時に命令を下せるとのことだった。距離が離れると再命令はできないが時間をかければ単純な命令を一日近くきかせ続けることができる。


(催眠なのかフェロモンなのか超能力なのか。結局理由は分からないが、使えるのなら使うまでだ)


 佐三は自分がリスクを負っていることを重々承知していた。それだけにフィロには十分な休息や食事、無理のない移動を心がけている。万が一にも彼女が能力が発揮できなくなれば、そもそもの作戦すら頓挫する。


(問題は……俺の方がもつかだな)


 佐三は腹部をさすりながら考える。もし時間が許すのであれば、もっとやりようはあっただろう。いずれにせよフィロに頼ることにはなるだろうが、情報戦や政治取引、ゲリラ戦や罠の利用など。フィロへの負担はもっと減っていただろう。人員がいれば、もっと……。


(もっとも、あいつらを守るために人まで殺しているのに、あいつらがいればなんて考えているようじゃ、本末転倒だな)


 佐三は自嘲しながらベッドに入る。予算の制約上夫婦と偽り同じ部屋で寝ている。しょうがないことであるが、フィロもフィロでまんざらでも無さそうなので良しとした。


 佐三はゆっくりと目を閉じる。隣からはかすかにフィロの寝息が聞こえてきた。


(フィロには……無理をさせるな)


 きっと自分は死ぬだろう。敵に撃たれて死ぬか、この腹部の怪我を原因として死ぬか。いずれにせよ死ぬことにはなる。佐三はそう思っていた。


 だからこそせめてフィロは生かして帰したい。佐三は今、自分への好意と過去の恩を利用してフィロに命を賭けさせている。完全に佐三の独自的な考えに基づく、フィロの利用。きっと彼女も死ぬことを覚悟しているだろう。佐三もそのためにわざわざ「死んでくれ」とまで言ったのだ。


(町の皆のために、この戦いをしているというのに、その”皆”の中にフィロは入っていない)


 佐三はそのことを、自分がしていることをよく分かっていた。どこまでも身勝手で傲慢な願いであるかも。


 佐三は目を開け、隣のフィロを見る。そこにはいつにも増して穏やかに、そしてどこか幸せそうに眠る彼女がいた。


(……すまない)


 早く寝よう。明日も忙しいのだから。


 佐三はそう考え瞼を閉じた。








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