第137話 戦火





 佐三が撃たれてから二週間が経過した頃のことである。情報収集に出していたハチが少し前に戻ってきていた。


「そうか、ありがとう」

「はっ」


 佐三はハチの提出した報告書から一旦目を離し、ハチにねぎらいの言葉をかける。ハチは努めて冷静にふるまっているが、その表情から憂慮の気持ちが十分すぎる程に伝わってきた。


(ハチが心配そうにするのも無理はないか)


 佐三は再び報告書に目を通していく。しかしいくら読んだところで、その現実は変わることはない。


「あの、どうだったんですか?」


 気になって自分の仕事が手に付かなかったのだろう。アイファが二人に尋ねる。それはフィロやチリウも同じであったみたいで、それぞれの机につきながらも、視線を此方の方に向けていた。


(イエリナには……後で伝えればいいか)


 最近イエリナは町の住民が過度に怯えることがないように積極的に町中へ出ている。不安な情勢の中でもイエリナを直接見ることで一定の安心感は得られるのだ。こういう状況において信頼されているリーダーがいることは非常にありがたかった。


(しかし、この情報が入ってしまえば……この町も普通ではいられないだろう)


 佐三はどこまで情報を共有するか考える。いっそのこと今すぐにでもこの報告書を破り、情報統制した方がいいという考えすらも浮かんできた。


 政務室の面々をもう一度見る。皆心配そうにこちらを見ており、既にそれどころではなさそうであった。


(しょうがない。隠すよりもきちんと話すか。いずれにせよ、ここの連中には話しておかなきゃならんレベルだしな)


 佐三は大きく息を吐く。そしてハチの報告内容を何一つ手を加えることなく、他の面々に話し始めた。


















 結論から言えばハチから受けた報告は佐三の想像通りであった。最もその想像とは佐三がいくつか想定していたパターンの中では最悪なものであり、結果として多数の問題を抱えることになった。


 まず港を押さえた集団は海を渡った向こう側からやってきた、国家の軍隊である。どうやら佐三が原料を輸入していた土地はその国に占領され、それだけでは飽きたらず海を渡って侵略を開始したらしい。迷惑なことである。


 しかしそれは歴史にとってはある種の必然である。佐三が自らの平和ぼけで考えていなかっただけで、その程度のことは十分にあり得るのだ。そもそも現代だって国家同士の戦争がなくなっただけでテロや内戦は依然として勃発している。


 次に残念な情報は、王国が派遣した軍隊はあっという間に壊滅したということである。これについては、正直な所「そうだろうな」に収まる程度の情報である。大して驚きは無い。


 まあ王都の中心地からそれなりに遠いこともあり、本来であればそう簡単に馳せ参じることのできるものではない。その点では今回の王国軍は十分に早く到着しており、それだけ意気があったといえる。それは評価できるかもしれない。もっとも実際は戦争を知らぬ世代が息巻いて赴いたといったところであろうが。


 だがそれだけ早く来たと言うことは同時に大した装備できていないことでもある。大規模な軍勢や銃火砲はそれだけで移動を遅くする。これだけ早い対処はそれだけ敵を侮っていた証拠である。装備も練度も足りない軍隊が、もとより勝てるはずなどなかった。やってきた軍勢はその半数近くがやられ、帰ってきたのは一部の幹部部隊だけだそうだ。実質全滅である。


 そして最後の情報、これが一番の問題であった。


「獣人を……虐殺している?」


 アイファが震える声で聞き返す。佐三はハチに目配せすると、ハチが落ち着いた声で話し始めた。


「本当だ。この目で見た」


 ハチが自身で見てきた光景を説明する。


「男は全員殺された。問答無用で、更には死体を的にして銃弾を撃ち込んでいた。楽しそうにな」

「そんな……」

「女子供は慰み者になるか、剥製にされるか……少なくとも死よりマシな待遇は受けていない」


 ハチの言葉に皆が黙り込む。ハチは冷静に話を続けていく。


「人間は奴隷扱いだ。それでも獣人よりかはマシだろう。何が彼等をあそこまでさせるのか、私には分からない。ただ彼等はまるで子供が虫で遊ぶかのように、獣人の命を奪っていた」


 必死に冷静に話そうと努力しているのだろう。その声はとても落ち着いていた。


 しかしその声がかすかに震えていることも佐三は分かっていた。おそらく、その光景は地獄であったに違いない。実際にその光景を見たハチは、瞼から地獄が剥がれないのだ。


「じゃあ、対策について話そう」


 佐三が口を開く。次の行動が分かっていないとき、人は極端に不安になる。だからこそ次の指針を示しておけば、必要以上に怯えることは少なくなるのだ。例えそれが慰めであったとしても。


「ただいま戻りました」


 佐三が今後について話そうとした丁度その時、イエリナが外から戻ってきた。イエリナは「ふー」と息を吐きながら上着を脱ぐ。町の住民に会うだけでも、それなりに骨の折れる仕事であった。


「大分暖かくなってきました……ね」


 イエリナはその重く淀んだ空気に何かを察したのだろう。徐々に声のトーンが落ちていく。


「あの、何かあったのですか?」


 イエリナが皆に尋ねる。それぞれが誰が答えて良いものかと決めかねていると、佐三が口を開いた。


「イエリナ、丁度良かった。今後の対策について考えていたんだ」


 イエリナはそれである程度察したのだろう。上着をかけると、佐三の元まで近づいてくる。


「あの……今後というのは?」


 イエリナがおそるおそる聞く。他のメンバーも真剣な表情で見守っていた。


「ああ」


 佐三が一拍おいて言う。




「おそらく、この町を放棄することになるだろう」

「………えっ?」




 イエリナは言葉の意味を飲み込むことができず、ただ呆然と立ち尽くしていた。









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