第251話、いつか

 宴会は夜遅くにお開き、とはどうやらいかないようで、やっぱり夜通し続けられる様だ。

 とはいえ当然帰る人も居るし、キャスさんやガンさんも既に帰っている。

 ガンさんは王女様が迎えに来たから、っていうのが大きいと思うけど。


「愛しの旦那様の帰りが遅いので迎えに来ました」

「ちょっ、まだ結婚はしてないでしょう!?」

「ふふっ、そうですね。まだ、ですね。ガン様」

「あっ、いやその、えっと」

「何見せつけてくれてんだ、帰れ帰れー!」

「いい加減泣くぞ俺はぁ!」

「俺もあんな可愛い王女様ほしい!」

『ただのひがみではないか・・・』


 という感じで、傭兵さん達に追い出された感じだった。

 以外なのはギルマスさんだ。割と早い段階で奥に引っ込んでしまった。

 こういう時最後まで居そうな印象だったけど、疲れたから早く寝たいそうだ。


「言っとくが俺は本来引退したオッサンだからな? だってのに現場に出て暴れ倒して、その上で若造共のノリに付き合えるかよ。ふわぁ・・・兎も角、俺は寝る。疲れた。じゃあな」


 何て言って傭兵さん達に「お疲れ様でしたぁ!」って見送られていった。

 見た目が見た目だから解り難いけど、ギルマスさんってもしかしてお年寄りなのかな。

 でもその割には体の筋肉はしっかりしてるし、腰も曲がったりしていない。


 気になってフランさんに訊ねると、そこまで老けてはいないそうだ。

 お爺さんという程ではない。けどオジサンなのは確かですねーと言われた。

 でもそこも良いんですよねぇ、と言っていたのは私には良く解らなかったけれど。


 彼女も途中で抜け出して、ギルマスさんと同じ様に奥に入って行った。

 フランさんって家があった気がするんだけど、今日は帰らないのかな?


「グロリアさん、私もそろそろ帰りますが、グロリアさんはどうされますか?」

「私も、帰り、ます」

「なら一緒に帰るとしましょう」


 リーディッドさんに手を引かれ、受付のお姉さん達に手を振ってギルドを出る。

 傭兵さん達もみんな見送ってくれて、外に出ると物凄く静かになった様な気がした。

 中が騒がしいだけなんだけど、何だかちょっと寂しく感じる。


「はー・・・少し飲み過ぎましたね・・・気が抜けたせいですねこれは」

「大丈夫、ですか?」

「この程度なら大丈夫ですよ。明日には抜けています」

「そう、ですか。辛いなら、回復、しますよ?」

「ぷっ、酒に酔っただけで回復をかけて貰える人間なんて、私ぐらいでしょうね。あははっ」


 何がそんなに面白かったのか、リーディッドさんはケラケラと楽しげに笑う。

 ガライドは『珍しく本気で酔っているな』というから、少し心配になった。

 ただ楽しい酔い方をしている様なので、解毒は止めておいてやれとも言われたけど。


「ほんと、ありがとうございます。全て貴女のおかげですよ」

「私の? 何が、ですか?」

「貴女のおかげで魔獣領の大半の面倒が無くなりました。貴女のおかげで後ろを気にせず戦う事が出来ました。貴女のおかげで、誰も死なずに済みました。本当に、ありがとうございます」


 リーディッドさんは何時もの綺麗な笑顔とは違う、何処か子供の様な笑顔でそう言った。

 心底嬉しくて仕方がないと、表情を見ただけで解る程に、満面の笑みで。


「いつも、いつも不安で堪らなかった。毎年毎年、今年は死者が出るのでは、今年は誰が怪我をするのか、ずっと、ずっと不安で・・・けど今年は貴女が居た。貴女が居てくれた」

「・・・私、リーディッドさんの、役にも、立てましたか?」

「立てたなんて物じゃないです。私がいくら感謝してもしたりないぐらいですよ。ガンも言っていたでしょう。皆、貴女に感謝しています。貴女が居たから、皆安心して戦えた」


 彼女の笑顔を見ていると、本当に役に立てたのだと嬉しくて堪らない。

 私の大好きな人に恩を返せた。少しでも恩を返す事が出来たと想えて嬉しい。

 ただそんな私を見つめていた彼女は、少し真面目な表情を向ける。


「でもね、グロリアさん。前にも似た様な事を言いましたが、気にしすぎちゃ駄目ですよ。貴女は貴女の生き方を選んでいいんですからね」

「え・・・?」

「貴女が私達に恩義を感じてくれている事は解っています。私は貴女の気持ちを利用して、都合よく事を何度も進めました。勿論その分貴女に還元できる様に、貴女が煩わしい目に合わない様にと手を回したつもりです。でもそれはあくまで対価。当然の対価なんです」

「え、えっと、リーディッドさん?」

「貴女が魔獣領に居てくれたら、私達はとても心強い。けれど貴方がこの地に縛られる理由は何処にもありません。もし自由になりたい時は、気にせず言って下さい」


 自由に。私が何処かに行きたいなら、気にせず出て行って良い。

 きっとそれは彼女の気遣いで、とても真剣に教えてくれているんだ。

 恩義を上手く使う人間相手に、何時までも縛られる必要は無いって。


 リーディッドさんは私に色々教えてくれた。色々助けてくれた。居場所を、くれた。

 けどそれは彼女が私を逃がさない様に、その為に対価を渡しただけだって言われている。


「居心地がいいなら、何時までも居てくれて構いません。けれど縛られないで下さい」

「・・・でも、私が居なくなったら、困りま、せんか?」

「困りませんよ。元に戻るだけです。貴女に抱くのは感謝であって、依存ではいけません」

「・・・はい」


 素直に答えるなら、私は何時までもここに居たいと、そう思っている。

 けど多分リーディッドさんの良い方は、何時かそうじゃなくなった時の事だ。

 私にそんな日が訪れるかは解らない。けれどちゃんと考えておきなさいって言われている。


「宜しい。じゃあ、帰りましょう。リズが首を長くして居るでしょうし」

「はい、かえりま、しょう」


 リズさんには一度帰って無事を伝えているけど、多分今日も歓迎してくれる気がする。

 その事を想うと、やっぱり私はここを出て行きたくないなって、そう思った。


『・・・先の事は誰にも解らないからこそ、今に縛られるべきではないか』

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