第250話、打ち上げ

 んんっとギルドマスターが咳払いをして、そんな彼を皆が静かに見つめる。

 何時になく真剣な表情のギルマスさんは、背筋を伸ばしたままスッと右腕を前に出した。


「えー、では今年も例年通り怪我人は多数出ましたが、死亡者を一人も出すことなく、後に響く様な大怪我をした者も出ず、無事溢れを乗り切った事を祝して・・・乾杯!」

「「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」」


 その言葉を合図に、皆我先にと酒と食い物に手を出し、争う様に食べ始める傭兵さん達。

 今日まで酒を我慢していたんだと、倒れるまで飲むぞと言っている人も居る。

 倒れる様な飲み物を飲んでいて大丈夫なのかと、私は心配になってしまうのだけど。


 溢れが終わった。昨日で終わったと、観測の人がそう宣言している。

 もっと前から魔獣の出現は無くなっていたのだけど、それでも暫く待機していた。

 そうして念の為と壁に居る事暫く、魔獣がこちらに来る予兆の様なものが完全に消えたと。


 そうして今日は無事溢れを乗り切った打ち上げをと、傭兵達で飲み明かすらしい。

 ただ兵士さん達はまだ仕事をしている。彼らは終わった後も、まだ警備を続けるらしい。

 私も残ろうかと言ったのだけど、苦笑して『行ってらっしゃい』と言われてしまった。


『無事終わって、良かったな』

「はい」


 ギルマスさんが口にした通り、今回の溢れで怪我人は確かに出た。

 けれど軽く治療をすれば大丈夫な怪我しかなく、大怪我をした人は一人も居ない。

 結果だけを見てしまえば、私の心配何て必要無かったのかとも感じる。


 けど、きっとそんな事は無い。一歩間違えれば誰かがここに居なかった。

 だからこそ皆ずっと真剣で、大怪我は無くとも細かい怪我は沢山あるんだ。

 ずっと見ていたから解る。手を出せずにずっと、彼等の戦いを上から見ていたから。


 私は結局、殆ど何もしていなかった。偶に手を出しはしたけど、ほぼ待機だった。


「いやぁ、今年は本当に楽でしたね。グロリアさんのおかげですよ」

「ほんとほんと。お姉さんがほっぺにちゅーしてあげよう」

「ふぇ?」


 役に立てなかったなと思いながらチビチビお茶を飲んでいると、突然そんな事を言われて驚く。

 リーディッドさんは壁に居る時もそんな事を言ってたけど、私には実感がない。

 キャスさんの方が余程仕事をしていた。彼女の後方からの指示は的確だったと思う。


 二人は戦闘能力が低い代わりに、物凄く視野が広く判断力も高い。

 あれだけの人数が居る中、誰に何をさせれば良いのか即座に判断して指示を出す。

 私には出来ない技術だ。見えていても、自分で対処してしまう。その方が早いから。


「私は、何も、出来て、ませんよ」


 だから思わずそんな事を言うと、彼女たち以外も私を見て苦笑を向けた。

 傭兵さん達も、受付のお姉さん達も、ギルマスも。


「なーに言ってんだか。嬢ちゃんが居なかったら馬鹿でかい鳥相手にする羽目になってたんだ。アイツらマジで面倒臭いからな。ギルマスも流石に空は飛べねえし」

「そうそう、ヤバくなったら空に逃げるし、でかい矢をぶち込んでも落ちて来ねえことなんてザラだし、むしろ弾いて来る事の方が多いしな」

「まったく、グロリアちゃんは実力の割に自信が無くて困るね。そこが可愛いんだけど」


 お姉さん達に揉みくちゃにされながら褒められ、そうなのだろうかと少し悩む。

 言われている事は解るし、私もリーディッドさんに判断は正しいと思った。

 けど結局それしかしてない訳で、本当に良いのかという想いは消えない。


 いまいち納得しかねていると、ガンさんはポンと私の頭に手を置いた。


「あのなグロリア、お前が後ろに居てくれるって事が俺達にとっては心強かったんだ。俺達がへまをすれば誰かが死ぬ。俺達が死んじまえば街が危険になる。ずっとそうだった。けど今回はお前が居た。お前が居てくれたんだ。だから俺達は不安なくやれた。無理せずに済んだ」

「・・・無理、せずに」


 優しく撫でてくれるガンさんの言葉が、自然と胸に響いた。

 こみ上げる様な何かを感じて、目が熱くて喉が苦しい。

 役に立てていたんだと、やっとそう思えた事が、嬉しくて。


「っ、役に、立てたなら、良かった、です・・・!」

「うん、ありがとな、グロリア」

『・・・良かったな、グロリア』


 暫く彼に手に優しく撫でられながら、涙が収まるまで俯いていた。

 その後何故かガンさんが私を泣かせたと連行されてしまう。

 慌てて弁明をしたのだけど、キャスさんに「いいのいいの」と抑えられてしまった。


「お前ばっかりかわいい子と関わってよぉ!」

「そうだ何だ王女様ってふざけんなよこの野郎!」

「何だ魔道具使いなのがそんなに偉いのか俺にもよこせ! いや彼女寄こせ!」

「つい最近まで『ない』って言われてた野郎のくせに、お前どうせ他の街ではかっこつけてたんだろうが! ヘタレ野郎のくせに!」

「ちょ、いた、いたい、マジでいてぇ! これただの八つ当たりだろうが! お前らがもてないのを俺のせいするんじゃねえよ! じゃあキャスとリーディッドに手を出せば良いだろ!」


 ガンさんがそう叫ぶと、傭兵さん達はシーンと静かになった。


「いやぁ・・・あの二人はなぁ」

「見た目は可愛いよ。見た目はな」

「美人だよな。見た目は」

「うん、良いよな。ただ中身がな」


 何故だろう。二人共中身はとても良い人だと思うんだけどな。

 何が駄目なのだろうかと思っていると、背後からぞくっとした気配を感じた。

 振り向くと二人共笑顔なのに、何故か怖い気配を纏っている。


「皆様方私の中身に何か異論がおありの様ですね。ぜひ聞かせて頂きたいです」

「私も聞きたいなー。私のなーにが悪いのかなー? 私皆が無事で済む様に頑張ったよねー?」

「「「「「何でもないです! ありがとうございました!!」」」」」


 その後傭兵さん達は二人に肉を取り上げられ、酒も取り上げられ、泣きながら謝っていた。

 勿論最後は返してあげていたけど・・・アレはあれでただ仲が良いだけなのかな?


『・・・大の男が逆らえない力を持っている、という辺りが怖いんだと思うがな』

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