第244話、前兆
闘技場の正式な初めての出場で、そしてそのまま初めての優勝をした。
それは私が思っているより大きな事だったらしく、私に名は国中に知れ渡る事になるとか。
未だに実感はないけれど、実感のないまま私は魔獣領に帰る事になった。
「グロリア嬢、次に君が訪ねる日を楽しみにしている。また会おう」
「はい、メルさん、お元気で」
「ああ、君も」
優しく頭を撫でてくれるメルさんにされるがままになり、嬉しくもやっぱり寂しい。
この手が離れたら、私は車に乗って帰る事になる。暫くまた彼と会えない。
「・・・また、手合わせ、しましょうね」
「ああ。その時は今よりも強くなっていると約束しよう」
手を取って約束をお願いすると、彼は膝を突いて応えてくれた。
そして彼の大きな体に包み込まれ、私も小さな体で彼に抱き返す。
暫くそうやって別れを惜しみ、お互いにゆっくりと体を離す。
『・・・まだ自覚は、無いんだろうな』
そんな私達に何かを思ったのか、ガライドがポソリと呟いていた。
何の事だろうか。寂しい自覚はしっかりとあるのだけれど。
「では、今度こそ、元気でな、グロリア嬢」
「はい・・・また、何時か」
「ああ、また何時か」
最後に彼の大きな手を放して、車に乗り込みに行く。
他の皆は既に車に乗っていて、私とリズさんが最後の乗車になった。
彼女は絶対私の後に乗る。先に乗ってて全然良いんだけどな。
「おまたせ、しました、リーディッドさん」
「お気になさらず。もう宜しいのですか?」
「はい、大丈夫、です」
「では出発致しましょうか」
リーディッドさんは御者さんに声をかけ、車の扉を閉める。
そして「わん!」という犬の大きな声の後に車が走り出した。
これでまた暫く王都には来ないだろう。次に来るのはまた闘技場に出る時だ。
しかも次からは私はリーグ戦に出ない事になったから、滞在日数がさらに減る。
どうも私が強過ぎるから、優勝者と私という試合形態になるそうだ。
それにリーグ戦も廃止されるかもしれないとの事で、また後日連絡が来るらしい。
ただその代わり、非公式試合を何度かする、って言ってたけど。
なので案外メルさんとは何度か会えるかもしれない、と少し思っている。
「いやー、今回は特に何事も無かったねぇ」
「そうそう何度も面倒な事が有って堪るものですか」
車が走り出すとキャスさんが伸びをして、平和に終わった事に息を吐いた。
リーディッドさんは当たり前だという風に応え、同じ様に息を吐く。
実際今回は騒動らしい事は無く、ただただ私が闘技場の為に来ただけだ。
とはいえ問題が何も無かった訳では無く、私のせいで少し迷惑をかけたけれど。
闘技場で優勝した事で顔が知れ、王都の観光をすると人に囲まれるようになった。
おかげで一回城に帰って、普段とはまるで違う格好にされたけれど。
白を基調にしたドレスと、髪はまとめて帽子で隠された。
手袋と靴下も白く、しかもひらひらだったから緊張しながら出かけたっけ。
汚さない様に、破かないように、ってずっと気を張っていた覚えしかない。
リズさんが嬉しそうだったし、ガライドも嬉しそうで拒否できなかった。
そんな事を想い返しながらの帰り道、特に何事も無く魔獣領まで辿り着いた。
ただ何だろう。皆少し慌ただしい様な、何かを警戒している気配が有る。
何時もならのどかな雰囲気の街中が、少しピリピリしている様な。
そういえば護衛の兵士さん達も、街が近付くにつれて少し警戒していた気がする。
勿論以前も今回も、普段から警戒はしていたけど、どこか雰囲気が違うんだ。
まるで今回は必ず危険があると、そう思っているかの様に見えた。
「・・・なにか、あるん、でしょうか」
『だろうな。でなければこの空気はおかしかろう』
領主館に着くとその気配は顕著で、使用人さん達まで少し張りつめている。
一体どうしたのか。何か問題があったのか。段々心配になって来た。
けれどそんな私の不安を吹き飛ばす様に、キャスさんが後ろから抱き付いて来る。
「だいじょーぶだいじょーぶ。そういえばグロリアちゃんは初めてだったね。そろそろ溢れの季節なのさー。魔獣の森から魔獣が多く出て来るから、皆ちょっと警戒してるんだよ」
「溢れ・・・」
『成程。そんな物が有るのだったな。どういう理屈なのか解らんが』
確か何度か聞いた覚えがある。定期的に魔獣が溢れる時があると。
今がその時で、だからみんな気を張っているのか。なら、安心だ。
相手がただ魔獣であるなら、私が前に出れば良いだけだから
「・・・私、行きます、よ」
「勿論当てにしてるよー。けどいざという時以外はグロリアちゃんは何時も通りで良いよ?」
「え、でも・・・」
「グロリアちゃんが強いのはみんな解ってるし、任せれば安全なのも解ってる。けどさ、グロリアちゃんがいないと対処出来ないんじゃ、グロリアちゃんが動けない時危ないじゃん?」
「です、か・・・」
言われた事は解る。きっと私だけが戦えてもいけないのだと。
皆が街を守る事が出来て、初めて安全な街が出来るのだと。
それでも友達が怪我をするかもしれないと思うと、気持ちが上手く収まらない。
『溢れの理由が解れば事前対処も出来るかもしれんが・・・さて』
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