第245話、予兆?

「どうなってやがる・・・?」


 ある日のギルド内で、ギルマスさんが暇そうな様子で天井を仰ぐ。

 何か問題があったのかと思ったけど、態度からは何もありそうに思えない。

 どうしたのだろうと気になり、トテトテと彼の元へ近付いた。


「なに、あったん、ですか?」

「何も無いから首をひねってるんだよ」

「・・・何も無い、なら、良いの、では?」

「いやまあ、そうなんだけど・・・いや、そうとばかりも言えねぇんだけどな」


 ギルマスさんが頭をぼりぼりかきながら、良く解らない返しをして来た。

 それは結局どっちが良くて、何が悪いのだろうか。私には理解出来ないままだ。


「溢れの予兆も無いのが不気味でなー・・・遅れる事はあっても、観測台から魔獣が向かってきそうな気配ってのが、そろそろ見えてくる頃合いのはずなんだがなぁ」

『ふむ、やはり今は何も起きていないのか』


 森から魔獣が溢れる時期。そう言われて、ガライドは少し自分で調べたらしい。

 その結果特に周辺に変化なしと判断し、少し悩んでいたそうだ。

 現代知識の少ない自分では解らない、不思議な現象が起きるのかもしれないと。


『そういう事であれば、何か予兆が起きれば警戒、という形が良いな』


 一応私も気を付けておくけど、ガライドが気が付いてくれるなら安心だ。

 腕の中のガライドに頷いて返した所で、フランさんがお茶を持って来てくれた。


「このまま今年は、珍しく溢れ無しですかね? そうなれば怪我人も出なくて良いですよねー」

「まあフランの言う通り、怪我人は出ないに越した事は無いけどな・・・」

「それ以外に何か問題が有るんですか?」

「・・・あるよ。職員さんは真っ先に考えてくれないと困る事がありますよ」

「な、なんでしょう・・・ギルマス・・・顔が怖いですよ?」


 ギルマスさんはニッコリだけど、あれで子供を泣かせてたからきっと怖い顔なのだろう。

 私は割と可愛い顔に最近見えて来た。トカゲって結構可愛い気がする。

 メルさんに乗せて貰って、とっても良い子だったから、良い印象が強いのかも。


「ここの傭兵共が他の所より戦える理由はなんですかね、フランさんや」

「え、ええと、魔獣の森から出て来る魔獣と、ある程度戦えるため、ですよね?」

「となると、魔獣が出てこない場合の傭兵達の今年の懐はどうなる?」

「・・・無い、ですね」

『確かに、そうなるのか。平和が一番だと思うが、ままならんものだな』


 魔獣溢れの時の魔獣の報酬を、傭兵の人達が手に入れる前提って事なのかな。

 でも魔獣溢れが起きないと、彼等のお金になる分が無い。報酬が無い。

 今年は皆お金がない状態での生活になる、って事なのだろう。


 けど私のお金って殆ど使ってないし、良ければ皆に渡せ――――。


「グロリアさん、それは駄目です。彼らの事を仲間だと思うなら止めなさい。失礼です」

『これは、そうだな。リーディッドの言う通りか』

「・・・はい、ごめん、なさい」


 良かれと思い財布を手にしようとした所で、リーディッドさんに叱られてしまった。

 しょぼんとして手を降ろし、ポテポテと元居たテーブルに戻る。

 失礼、なのか。皆の力になればと、そう思ったのだけど。

 どうしたら良かったのかなと肩を落としていると、キャスさんがきゅッと抱き付いて来た。


「そーんなにきつく言わなくても良ーじゃんねー。グロリアちゃんは皆の為に、って優しさを発揮しようとしただけなんだから。リーディッドと違って優しいからね!」


 何で二回も言ったんだろう。それに私、そんなに優しくはないと思う。

 それにリーディッドさんは私と違って、もっと色々考えていたんだと思うし。


「・・・ただ施しを与える事は優しさとは言いません。当人達で生きていける手を差し伸べる事が出来ないのであれば、それはただ相手を自分の下に置いただけの自己満足です」

「良いじゃん自己満ぞでもさぁ。それで救われる人も居るじゃん?」

「その後野垂れ死ぬだけでしょう、そんなもの」

「えー、リーディッドのひねくれ者ー」


 ハッっと笑うリーディッドさんと、ベッと舌を出すキャスさん。

 二人は最近機嫌が悪くて、ただ二人だけで喧嘩を良くしている。

 ガンさんが言うには『お互いが一番当たり易いんだよ』との事だけれど。


 ただしガンさん相手に本気で当たると、当たってる側の気分が悪くなるそうだ。

 つまり最終的には俺が一番強いのさ、と言ってから顔を赤くしていた。

 勿論可愛い可愛いって王女様に愛でられてた。私も撫でた


「じゃー偉大な領主様の妹気君様は妙案がおありですかー?」

「有りますよ」

「・・・え、あんの!?」

「・・・無くて言ってると思ったんですか?」

「リーディッドなら普通にハッタリはますじゃん」

「否定はしません」

『ふむ、溢れが無い時の代案があるのか。流石だな』


 リーディッドさんの言葉に思わず顔を上げ、彼女へと羨望の目を向けた。

 やっぱり彼女は凄いなぁ。私とは大違いだ。エシャルネさんの気持ちが少し分かる。

 凄いなぁ。かっこいいなぁ。それに優しいなぁ。


「・・・グロリアさんそんな目で見ないで下さい」

「へ、何で、ですか?」

「・・・溶けそうな気がします」

「ふぇ!?」


 な、何で、そんな力私には無いよ!? 見るだけで溶かすなんて怖くて目が開けない!


「ほっほーう。つまり何か後ろめたい想いがある手段だと、そういう事だねリーディッド君」

「ええそうですよ、何も思いつかないキャス君と違って何とかしようと思いましてね」

「私は思いつかない訳じゃないもーん。最初から考えてなかったからね!」

「より一層アウトじゃないですか・・・」


 キャスさんの胸を張った答えに対し、リーディッドさんは付かれたように息を吐く。


「まあ、今などっちにしろ待つしかないでしょう。溢れが有るにしても、無いにしても・・・私としては無い時の方が怖いですね、次の溢れまでに異常が起きそうで」

「あー、確かにな。そっちの可能性もあるよなぁ・・・」


 結局その日は特に何も起こらず、ただ二人が頭を悩ませただけに終わった。


『・・・ふむ、軽く調査をし直した方が良いか?』

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