第238話、ガンとの試合

 試合がもうすぐ始まると職員さんい呼ばれ、舞台袖へと向かう。

 当然同じ所にガンさんは居ない。舞台の反対側に居るのだろう。


 リズさんが、メルさんが、キャスさんとリーディッドさんが応援してくれている。

 きっと向こうでは、王女様がガンさんの背を押しているのだろう。

 最近気が付いて来た。彼女に背を押されたガンさんは、何時もより強く感じると。


 元々彼は強かった。初めて魔道具を使う所を見た時、怖くて堪らなかった。

 だからきっと、私は思い違いをしていたんだ。彼が彼のままであると。


「・・・私が強くなれた。なら、彼も」


 入場のうたい文句を聞きながら、同じく舞台に上がる彼を見つめる。

 少し緊張は有るのだろうか。けれど気負いは無さそうな良い緊張感に見える。

 むしろ今は、私の方が彼より緊張している気すらして来た。


 お互いに舞台に上がり、彼と向かい合う。すると彼はフッと笑った。


「大舞台だな。こんな所に俺が来る日が有るとは思わなかったよ。グロリアのおかげだな」

「ガンさんは、私が居なくても、出来たと、思います」

「無理だよ。断言出来る。グロリアが俺の前に現れなかったら、何時までもあの田舎でずっと魔獣を狩っていた。変わらない日々を送り続けていた。こんな舞台に、立つ気は起きなかった」

「そう、でしょう、か」

「ああ。そもそもこの場に立てる事を、良い事だとも思えなかっただろうしな」

「・・・無理を、させ、ましたか?」

「いや。グロリアのおかげだって言ったろ。今は、以前とは少し考え方が変わったんだ」


 彼は穏やかな笑みを見せながら、手に持つ光剣を見つめる。

 魔道具の中では珍しくないと言われる、何の能力も無いと言われる武器。

 他の魔道具に比べると、魔道具としての能力に頼れない魔道具。


 それはつまる所、持ち主の技量があれば、真価を発揮する武器。


「何時の間にかさ、王女様に絆されてたのは自覚してんだよ。あの人どうにかして俺を褒めて来るから。昔なら嫌だった事も、悪くないかって思えるようになった。でもそれは、全部グロリアが居たからなんだよ。お前が俺を立ち上がらせてくれた。感謝してる」

「私は、何も、してません、よ?」

「ああ、そうだろうな。解ってるさ。だから勝手に感謝してるだけだ」

「そう、ですか」


 私は特別何かをした覚えはない。きっと彼は私が居なくたって何とかなったと思う。

 むしろ私なんかよりも、何時も彼の事を想っている王女様の力じゃないだろうか。


「だから、うん、感謝を込めて・・・勝ちに行く」

「があああああっ!」


 彼は光剣に薄く魔力を通し、その剣を開始前に構えた。

 私も同じ様に両手足を光らせ、最初から全力で動けるようにする。

 手加減は無しだ。そもそも下手に加減して勝てる人でもない。


 遠距離砲撃で呑み込めば、確実に彼に勝つ事は出来るだろう。

 その為には周囲の観客を巻き添えにするし、何よりそんな距離は取れない。

 なら出来る事は何時も通り。真っ直ぐ突っ込んで接近戦。それだけだ!


『試合、開始!』

「があっ!」


 開始と同時に踏み込み、舞台が割れる音が響く。

 一直線に、全力で、彼の懐に飛び込んだ。つもりだった。

 彼の胴を打ち抜くつもりの一撃は、右に躱した彼の残像だけを捕らえた。


『右に飛べ!』

「っ!」


 反射的に右に拳を払おうとして、けれど頭に響いた声に従って右に飛ぶ。

 体勢が崩れたまま左に視線を向けるも、そこには既に誰も居ない。

 次の瞬間、背後からゾクリと悪寒が走り――――。


『後ろ!』

「ぎぃい!」


 着地前に体を捻って紅い光を蹴りで放ち、紅い光の柱が立ち上るも交わされた。

 ガンさんは反射的に下がって距離を取り、私はその姿を視界に捉えつつまた体を捻る。

 そして手足で地面をしっかりと握り込み、無理矢理体を地面に縫い留めた。


「ちっ、やっぱ後ろに目が付いてるとしか思えないな・・・!」

「ふぅーっ、ふぅーっ・・・!」

『グロリア、ガンの速度が前より上がっている。気を付けろ!』


 速い。速過ぎる。前から速かったけど、あんなに速くなかったはず。

 さっきの一撃を躱した動き、私は右に躱したと思って対応しようとした。

 けれど彼はその一瞬で回り込んで、その上右に逃げた私に付いて来たんだ。


 前からそういう動きをする人だった。反射的な行動の裏を取る人だった。

 けれど今回の動きは速すぎる。反射で対応できない・・・!


『グロリア、おそらくだが、ガンは一瞬一瞬に魔力を大きく使う事で、通常時の魔力消費を抑えている。移動時も踏み込む瞬間、ほんの一瞬のみに魔力を使う、等という曲芸じみた事をな』


 一瞬の踏み込み。突然の加速。見えていたはずなのに見えない移動。

 ガライドの言う事は解る。言ってる意味は分かる。でも、そんな事、私には出来ない。

 やっぱりこの人は強い。光剣がずっと怖かった。あの人の持つ光剣がずっと。


 それはきっと間違ってなくて、光剣こそが彼にとって一番の魔道具なんだ。

 今も恐怖を感じている。目の前の彼が怖いと、本能が叫んでいる。ガンさんが、怖いと。


「ガアアアアアアアアアッ!」


 なら、もっとだ。もっと、もっと、もっと強く、もっと熱く、もっと輝けぇ!


「ガァッ!」

「っ!」


 踏み込みと同時に紅い光を背後に放つ。何時か空を飛んだ時の様に。

 そのまま全力で放った拳は、やはり彼を捉えられずに空を切る。

 けれど考え無しで突っ込んだ訳じゃない。彼の攻撃には一点だけ弱点がある。

 それは『接近戦しか出来ない』という事だ。近付かなければ始まらない!


「ガアアアアアアアア!!」


 魔力を全身に纏って、全力で空へと開放する。それは全身で放つ魔力撃。

 全身で放つ魔力の力は、全身を守る防御にもなる。

 ガンさん。貴方から学んだ技術だ。貴方が教えてくれた戦い方だ。

 魔道具使いであるならば、その身体も武器や防具になりえると!


「ぎっ!」

「くのぉっ!」


 青い光が紅い光に飲まれるのを視界の端に捉え、確認よりも先に拳を打ち抜く。

 彼は私が光を放った時点で引き気味で、危なげなく躱して見せた。

 けれど、その方向は、駄目だ。だって、私の視界の範囲だ!


「があっ!」

「ちいっ!」


 拳を打ちに行っては躱され、躱されては紅い光を放つ。そんな戦いが暫く続く。

 おかげで目が段々慣れて来た。彼の加速に体も反応出来つつある。

 ただ、これは、不味い。ガンさんの狙いは、一撃の隙を狙う事じゃなかった・・・!


『まさか、ガンの奴、持久戦狙いなのか!?』

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