第239話、唯一の勝ち筋

『騙されたな。ガンの奴、まさか持久戦狙いをするなど・・・!』

「ぎっ・・・ぐっ・・・!」


 ガライドの言葉を聞きながら、力を落とさない様に歯を食いしばってガンさんを見据える。

 極限まで抑えた魔力消費。瞬間のみ力を使う移動。けれど逃げに徹さない適度な攻撃。

 それらは全て私とガライドを騙す為の、私に魔力を消費させる為の作戦!


「があっ!」


 それが解っていても、私には魔力を抑える、という選択肢は無い。

 抑えたら彼に追いつけない。私の武器はこの魔力量による身体能力なのだから。

 けれど彼もそれが解っているからこそ、私に魔力を消費させる為に立ちまわる。


 まだ余裕がなくなる程使ってはいない。まだまだ打ち合う事は出来る。

 私の魔力はそう簡単に尽きはしない。けれど彼より早く尽きる可能性が高い。

 ここにきて『魔道具』を使った年月による経験の差が大きく出てしまった。


 私はガライドを使う様になってから、訓練したのはその力を最大限に引き出す事。

 対してガンさんの魔道具の制御方法は、魔力量と折り合いをつけて使いこなす事。

 魔道具の制御という一点において、彼は私よりも遥かに格上なんだ。


 このまま同じ様に戦闘を続けて行けば、私の方が先に魔力が尽きるかもしれない。

 少なくともガンさんはそれを狙っている上に、私に隙が有れば決めにも来るつもりだ。

 彼の目はそんなに甘くない。持久戦狙いなのだと力を落とせば、絶対狙いに来る。


「があああああっ!!」


 だから私は踏み込み、打ち込み、反撃に移る彼を遠退ける。

 けれどそれでは同じ光景が続く。どうしてもその先に状況を進められない。

 これが私の限界か。これが『魔道具』を鍛え続けてきた人の本気か。


 本当に、最初に感じた恐怖の通り、ガンさんは強い。


「がぁあっ!」

「っ、離れた・・・?」


 ガンさんの驚く顔が視界に移る。今回初めて後ろに下がったからだろう。

 彼の攻撃を躱す為に飛退いた事はある。けれど後ろに逃げた事は無い。

 自ら距離を取って、自分の距離を殺すなんて、今までした事が無かったのだから。


「ふぅー・・・ふぅー・・・ガン、さん」

「・・・何だ?」


 彼に声をかけると、律儀に返事をしてくれた。ただ構えは解いていない。

 何処までも本気で勝つつもりの彼は、私の動きをずっと見続けている。

 どんな些細な動きすらも見逃さず、そして次の動作にいつでも移れる様に。


 彼はこんなにも本気で戦ってくれている。私に、本気で、試合をしてくれている。

 なら私も本気でやるべきだ。こだわりは有る。今でも捨てる気はない。


「私達も、本気で、行き、ます!」


 けれどこれは『魔道具使い』の戦いで、なら『私とガライド』の戦いだ。

 ガンさんが『光剣』を最大限に使いこなすのと同じ様に、私も本気で応えるべきだ!


「スラスター!」

『スラスター起動』

「まずっ!!」

「がぁっ!」


 彼は変化に感づいたのか初めて自ら突っ込んで来て、けれどそれを空に飛んで躱す。

 自らの跳躍と手足に出来た・・・事前に作っておいた『スラスター』の勢いを使って。

 私が雑に放った光じゃなく、ガライドが適正な力に変えてくれた紅い光を放ちながら。


「中距離砲撃!」

『中距離砲撃形態に移行』


 事前に教えられた事を叫び、応えるガライドの声を聞きながら空を飛ぶ。

 そして途中で方向転換して、舞台を見下ろしながらまた叫ぶ。


「砲撃殲滅!」

『飛行維持で中距離砲撃殲滅モードに移行。砲門全開放。ターゲットロック』

「は!?」


 空に浮いたまま、突き出した両手と足から、いくつもの穴と筒が現れた。

 私の視界の中に彼を補足する表示が見え、全ての筒に力が籠められていく。

 舞台の上に居るガンさんは驚愕の目で私を見つめ、光剣を握る手に力が籠っている。


『「発射!」』

「ウッソだろ!」


 紅い光の線が幾つも舞い、舞台に注いで蹂躙して行く。

 これは私の実力じゃない。ガライドの魔道具としての力だ。

 けれど彼を最大限に使える魔力量こそが、私の最大の武器だ!


『敵対勢力停止確認。砲撃停止』

「っ、ガンさんは!?」


 砲撃を止める指示は出していない。という事はガンさんが倒れたという事だ。

 なら何よりも心配なのは、彼がちゃんと無事生きているのか。

 私の攻撃で土煙が上がっていて、ガンさんの様子は目で見えない。

 最初の方は躱していたのは見えたけど、途中から土煙で見えなくなったから不安だ。


『大丈夫だ、生きている。むしろ大半を躱しおった。本当に、恐ろしい男だ』

「そう、ですか」


 ホッとしながら地面に落ち、けれど念の為紅い光は纏ったままにしておく。

 ガライドの判断を疑う訳じゃないけれど、勝敗が判断されるまでは気が抜けない。

 そう思い土煙が張れるのを待つと、確かに崩れた舞台の上でガンさんが気絶していた。


『・・・しょ、勝者、グロリア!』


 審判は恐る恐る舞台に近付き、気絶しているガンさんを確認してから宣言した。

 そこで初めて紅い光を消し、同時に大きな歓声が身を襲う。

 今までで一番大きな歓声な気がする。ちょっとびっくりした。


「凄い、歓声、ですね」

『戦っている最中も凄かったぞ。集中して聞こえてなかったかもしれんがな』


 そうだったのか。ガンさんの事とガライドの事しか意識に無かった。

 害意の無い気配だったからか、必要な事以外が抜け落ちていたらしい。

 けどそれぐらいの気持ちでないと、ガンさんに勝つ事は出来なかったと思う。


「騙されました・・・けど、騙せました」

『ああ、上手く行ったな』


 本当は使いたくはなかった。前に出て戦って勝ちたかった。

 試合なのだから、自分の技量で勝つのが、闘技という物だと思う。

 けれどこの試合は私以外にも、戦っている人が居るんだ。


 ここまで私の我が儘を聞いてくれた、ガライドという魔道具が。

 いざという時は彼に頼る。魔道具の力を使う。そう、約束していた。

 きっとガンさんは私が距離を取るなんて、全く思っていなかったのだろう。


 だから簡単に飛ぶ隙を与えた。距離を取った私を、直ぐに追いかけて来なかった。


「・・・でも、何時かは、真正面から、勝ちたい、です」

『そうか。その気持ちを否定するつもりは無い。だが今回の判断も、私は正しいと思う』

「はい・・・もっと、頑張り、ます」


 ギュッと拳を握り、まだまだ私には力が足りないと、強く思った。


『・・・ガンは負けてもなお、グロリアに差を見せつけたな』

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