第237話、試合への想い

「グロリア、また後でな」

「はい、また、後で」


 控室のある通路で、ガンさんと言葉を交わして別れる。

 これで次に会うのは舞台の上だ。そう思うと何だか少し緊張して来た。

 控室には何時も通り、私とキャスさんとリーディッドさんとリズさんが居る。


 更に今日はメルさんも一緒だ。彼も私の控室に付いて来ている。

 今日は仕事がお休みらしい。というか、お休みを作ってくれたらしい。


 無理を通せばずっと私に付いている事も出来ると聞いたけど、それは断っている。

 私の為に無理をして欲しくはない。何時も通りのメルさんの生活を大事にして欲しい。

 そう告げたらちょっと残念そうな顔の後、最後の試合だけでも見に行くと言われ今日になる。


「よりにもよって最後の試合が彼か・・・見たい気持ちと、見たくない気持ちが半々だな」

「何か、嫌な事、ありました?」

「いや、身勝手な想いさ。自らとの遠さを痛感させられると思ってのな」

「?」


 遠さとは、一体何の事だろう。良く解らずに首を傾げる。

 すると彼はフッと笑顔を見せ、私の頭を優しく撫でた。


「すまない、君が気にするような事じゃない。俺自身の問題だ」

「そう、ですか・・・」


 そう言われてしまうと、何とも言いようがない。

 撫でられているのは嬉しいけど、少しだけ寂しく感じる。

 何か思う所が在るなら、言ってくれると嬉しいんだけどな。


「まあまあ、グロリアちゃんはささっとガンを倒してきたらいいのさー」

「そうですね。まあグロリアさんの優勝は間違い無いでしょう」


 そんな私の気配を感じ取ったのか、キャスさんが明るく話しかけて来た。

 リーディッドさんもその言葉に同意し、けれど私は頷けない。


「・・・ささっとは、難しいと、思います」

「え、どゆ事、グロリアちゃん?」

「私は、試合で、勝ちます。勝つつもりです。だから、ガンさんの方が、有利です」


 この闘技場の試合は、あくまで『試合』で、その為のルールが存在する。

 そのルールの中に、相手の命を奪ってはならない、という物があった。

 殺してしまえば反則負けだ。たとえ相手が立てないとしても。


 ただそのルールを通すために、別のルールが存在する。

 致命の一撃を入れられると判断されたら、そこで試合終了というルールが。

 私は早々簡単に死なない自信がある。そして殆どの状況で戦闘を続けられる自信がある。


 両手足を失っても私は戦いを止めなかった。今でも私は同じ事が出来る。

 けれどこの闘技場では、それが叶わないと、ガライドは判断を下した。

 そして私に『戦い』で勝てない彼は、きっと『試合』のルールで勝ちに来ると。


『今回は試合だ。ガンは訓練の時のように攻撃をして来ないだろう。消費を抑える為に徹底的に逃げを決め込んで、一撃の隙を狙いに来る。あの男はそれが出来る。グロリアの意識の外の一撃を突きつけられたら、それで審判が試合終了と判断しかねない』


 そう、ガライドは私に告げ、確かにその可能性は高いと思った。

 彼は常に『勝つ』事を重きに置いた戦法だ。生き残る為に全力だ。

 その彼が勝つ為の道筋を考えるなら、私と真正面から打ち合いはしない。


「でもさ、それ持久戦に持ち込めば、結局グロリアちゃんの勝ちじゃない? あいつ魔力量はそんなに多くないみたいだし、途中で息切れするでしょ」


 確かにキャスさんの言う通り、それが正しい判断なんだと思う。でも、それは――――。


「いや、です。私は、彼に、ちゃんと、勝ちたい」


 これは生死をかけた『戦い』じゃない。これはお互いの技量を競う『闘技』なんだ。

 なら私は魔力切れなんて結末は望まない。ちゃんとお互いの力を見せて勝敗を決めたい。

 もし彼が魔力切れになる時が来ても、それは消極的な戦いをした上じゃ駄目だ。


 私は、前に出る。常に前へ、前へ、打って出るのが私の戦い方だ。


「ガンさんの事、好きですから、だから、ちゃんと、やります」


 人によっては、それは甘い事だと言われるだろうと、ガライドにも伝えられた。

 勝てる試合で負ける可能性を作る。それは闘技者としての在り方を問われるかもしれないと。

 それでも闘技者であるのであれば、自身の信念を貫くのも一つの形だと言ってくれた。


「私は、私の戦い方を、貫きます」


 拳をギュッと握ってそう告げる。この拳が届くかどうかは解らない。

 けれど私に出来る事をやり切ってこそ、この闘技場に出た意味がある。

 私を認めて貰う為に、私が私である為に、私は私を皆に見せなきゃいけない。


「だから、持久戦は、狙いま、せん」


 最初から、倒しに行く。一撃で、一撃が無理なら二撃で、全ての攻撃で倒しに行く。


「最初から、全力で、行きます・・・!」


 でなければ彼に勝つなんて不可能だ。彼はそれだけ強い魔道具使いなのだから。

 勿論魔道具の力を全開で使う事は出来ない。そんな事をしたら観客席が吹き飛ぶ。

 きっと彼はそれも織り込み済みで戦うだろうし、私も気を付けないといけない。


「・・・羨ましいな、彼が」


 そう告げる私に目を向けながら、メルさんがポソリと呟いた。

 思わず彼を見上げると、寂しそうな視線が私に刺さっている。

 羨ましいとは、私と戦えるガンさんの事が羨ましい、という事だろうか。


「すまない。君の全力に応えられる。それはどれだけの事だろうと思ってしまった。俺には出来ない事だからな。今の俺では君を満足させられない」

「そんな事、ない、ですよ?」


 彼の言葉に、思わずキョトンとした顔で答えた。だって彼との手合わせは楽しい。

 メルさんと打ち合っている時間は、とても楽しくて、時間を忘れてしまう。

 多分他の誰よりも、彼と打ち合っている時間が一番楽しい気がする。


「メルさんとが、一番、楽しいです」

「っ、そう、か・・・それは、この上ない言葉だ。ありがとう」

「私こそ、ありがとう、ござます」


 笑顔に戻ってくれたメルさんに、多分私も笑顔で応えているのだろう。あ、そうだ。


「メルさん、屈んで、もらえますか?」

「ん、こうか?」

「はい。メルさんも、頑張って、ますよ。良い子、です」


 屈んでも私より大きい彼の頭に手を伸ばし、なるべく優しく頭を撫でた。

 彼は一瞬目を見開いたけれど、フッと笑顔になって私を見つめる。

 喜んでくれたかな。だったら嬉しいな。そうだ、この高さなら。


「メルさんのおかげで、知れた事、いっぱい、あります。大好き、ですよ?」

『なっ!?』


 そう言いながら彼の後頭部に両手をまわし、胸に頭をギュッと抱きよせる。

 ガライドがなぜが大きな声を出して驚いたから、一瞬周囲を警戒した。

 けど特に何も無い様子だったので、少し首を傾げつつもメルさんの頭を撫でる。


「私は、リズさんや、メルさんに、こうやって、撫でられるの、好きです。落ち着きますし、嬉しいです。ここに居て、良いんだって、思えます。メルさんも、思えますか?」

「・・・ああ。恥ずかしながらな。ふふっ、まさか俺にこんな日が来るとは思わなかった」

「いや、でしたか?」

「いいや。君の気持を嬉しく思う。ありがとう」

「なら、よかった、です」


 私はいっぱい皆に貰っている。それが少しでも返せたなら、本当にうれしい。

 顔は見えないけれど、優しい声音のメルさんの返事を聞きながら、暫く頭を撫で続けた。

 気持ち良いな。手袋ごしでも彼の髪の感触が解る。


『が、我慢だ私・・・グロリアが望んでいるんだ、我慢だ・・・!』

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