第233話、ガンの試合

 暫くの間リズさんに抱き付いていたけれど、流石にずっとそのままという訳にはいかない。

 次の選手も呼ばれているらしいので、もうそろそろ退かなければいけない。

 そうリーディッドさんに注意され、謝りながらリズさんから離れた。


 今日の私の試合はあれで終わりなので、このまま帰っても良いらしい。

 とはいえガンさんの試合が有るので、控室で待っているつもりだ。

 なのでトテトテと控室に戻る途中で、ガンさんと王女様が歩いて来るのが見えた。


「解ってたけど、無事勝ったみたいだな」

「はい、勝ち、ました」

「んじゃまあ、俺も頑張ってきますかね」

『ガンにしては珍しく、随分肩の力が抜けているな』


 彼は私の頭をくしゃっと撫でると、背を向けたまま手を振って舞台に向かった。

 王女様はその間言葉を発さず、ただペコリと腰を折ってから彼に付いて行く。


「ガンのくせに生意気ー」

「気負いも無ければ緊張も無い・・・王女殿下のおかげですかね」

「可能性は高そう。発破かけられたかな、アイツ」

「殿下の態度を見るに、有り得そうな話ですね」


 確かに今のガンさんは、緊張している様子はなかった。

 それが王女様のおかげというなら、きっと良い事で、心配も無いだろう。

 ただ去って行く彼の背中を見ていると、何だか、追いかけて、行きたくなる。


「・・・ね、グロリアちゃん。ガンの試合、見に行かない?」

「え、いえ、で、でも・・・その、試合は、見に行かないって、決めた、ので」

「ガンも応援して貰えたら嬉しいと思うよー?」

「そ、そう、でしょうか」

「そうそう。だからガンの試合だけでも見に行こうよ。ね?」

『グロリアの主張も解るが、友人の応援ぐらいは良いのではないか?』


 キャスさんとガライドの言葉に、どうした方が良いのだろうかと狼狽える。

 オロオロしながら視線を彷徨わせ、最終的にリズさんへと目を向けた。


「グロリアお嬢様、ご自身の気持ちを大事にして下さい」

「・・・気持ち」


 私の気持ちは、主人に勝たなきゃい受けないと、そう思っている。

 いや、違う、これはきっと気持じゃなくて、出来なければ行けない事。

 なら私の気持ちは、ガンさんを応援したいこの気持ちが、きっと私の気持ち。


「・・・ありがとう、ございます、リズさん」

「お役に立てたなら何よりでございます」


 気が付かせてくれた事にお礼を言うと、彼女は何時もの綺麗な笑顔で返した。

 出来ればさっきの笑顔の方が好きなのだけど、もう今はこの笑顔も苦手じゃない。

 ・・・注意とか、勉強の時は、まだちょっと苦手な笑顔だけど。


「なら早めに戻りましょう。客席に向かっていたら試合が終わりかねません。舞台袖に向かった方が間に合うはずです」

「そんなに早く試合終わるかな。グロリアちゃんでもそこそこかかってたのに」

「相手次第でしょうね、それは」

「そりゃそっか。んじゃいきますかー。ね、グロリアちゃん」

「はい」


 キャスさんに手を引かれ、歩いてきた道をそのまま戻る。

 すると今から入場という所だったらしく、歓声がわーっと上がっている。

 ただどうも歓声は相手選手にらしく、ガンさんへの声援は一切聞こえなかった。


「あら、グロリア様。ガン様の応援に来られたのですか?」

「はい。良い、ですか?」

「勿論です。ガン様も喜ばれるでしょうし」


 王女様は私達に気が付き、笑顔で受け入れてくれた。

 トテトテと彼女の横に並び、舞台に立つガンさんに目を向ける。

 相手選手と笑顔で会話しているから、私の時の様に挨拶をしているんだろう。


『試合開始!』


 審判の宣言と共に――――――――試合が終わった。

 開始と同時に踏み込んで一瞬で相手の背後を取り、一撃で昏倒させて。

 恐らく相手は何が起きたのか解っていない。おそらく、会場の観客もなんだろう。


 ガンさんは光剣を使ったけど、単純な身体強化のみで倒してしまった。

 だから一瞬青い光を放ち、それを残して相手選手の背後に立っていた。

 多分皆はそんな風に見えたんだと思う。兵士さん達もそう言ってたし。


『・・・・・・し、試合終了です! 勝者、ガン!』


 審判が慌てて試合終了を告げるも、会場はシィンとしている。

 観客の表情を見てみると、やっぱり何が起きたのか解らないという顔だ。

 ただただ驚いた上表で、舞台の上の彼の事を見つめている。


「素敵・・・!」


 ただ王女様はうっとりとした表情で彼を見つめ、それに気が付いた彼は苦笑していた。

 彼は会場の様子を少しだけ確認した後、気まずそうにポリポリと頭を掻きながら戻って来る。


「すげぇ・・・」


 誰が呟いたのか、けれどそれを皮切りに声が大きくなり始める。

 そうしてやっと何が起きたのか認識した様で、大きな歓声が上がり始めた。


「うをっ!? び、びっくりした」


 ただ舞台から引っ込む所だったガンさんは、背後からの歓声に驚いていたけど。

 彼は少し戸惑いつつペコリと頭を下げて、今度こそ舞台から引っ込んだ。

 女性客からの歓声が何だか凄い。可愛いって言われてる。かっこいいじゃないんだ。


「グロリア達も見に来てたんだな」

「はい、応援を、と、思い、ました」

「そっか、ありがとな」


 ガンさんは行きと同じ様に私の頭を撫で、何だか嬉しそうな様子に見える。

 ちゃんと自分の気持ちに素直になってよかった。彼が喜んでくれて良かった。

 彼は私の頭を撫でながら、視線を王女様へと移す。


「ちゃんと勝ちましたよ、王女様」

「はい、しかと見ておりました。何度見ても貴方の闘う姿は素敵です」

「あ、はい、その・・・ありがとう、ございます」


 王女様がうっとりした様子で答えると、ガンさんは少し照れた様子だった。

 キャスさんはニマニマと楽しそうだったけれど、今日は珍しく何も言わないみたいだ。


『・・・これ、この後の試合、大丈夫か?』

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