第225話、気晴らし

「ねえガンさん、娘はご迷惑をおかけしていないかしら?」

「い、いえ、迷惑とかは、特には」

「そう? あの子は私に似ずに優秀だから、貴方を手に入れようとか嫌われないギリギリを見極めで誘惑したりとか、そういう事をしてるんじゃないかって思ったのだけど」

「・・・あー、いや、その」

『口ごもった時点で白状してるのと変わらんぞ、ガン』


 あの後王女様とガンさんも合流して、皆でお茶をしようという話になった。

 場所は離宮と呼ばれる場所で、元々は正室の王妃様が使っていた所らしい。

 つまり、王女様が捕まっていた所だ。思い出すと少し居心地が悪い。


 何だか危険な場所に居る様な気がして仕方ない。

 多分気のせいなんだとは思う。気にし過ぎなんだとは思う。

 けどあの光景を、二人が苦しんでいる光景をどうしても思い出してしまう。


「グロリア嬢、どうした?」

『グロリア、どうかしたのか?』

「・・・前に、ここで、あった事を、少し、思い出して、しまって」


 そんな私に気が付いたメルさんとガライドに、少し悩んだけれど素直に話した。

 するとメルさんは私をすっと抱きかかえ、そのまま扉へ近付いて行く。

 一体どうしたんだろう思っていると、彼は扉の前で一旦止まった。


「グロリア嬢の具合が少々悪い様だ。この場は下がらせて貰う」

「あ、メル、さん」

「良い。大丈夫だ」

『・・・グロリア、甘えておけ』


 調子は悪くないと言おうとして、けれど二人に止められてしまった。

 本当に良いのだろうかという想いは有ったけど、二人の言葉を聞いて口を閉じる。


「ごめんなさい、グロリアさん。気が回らなくて。また元気な時にお話ししましょうね?」

「あ、は、はい」


 王妃様は申し訳なさそうに約束を告げ、少し慌てながら頷く。

 別に調子が悪くないのに離れるのが少し後ろめたい。


「グロリアちゃんあっとでねー」

「殿下、グロリアさんを頼みますね」

「・・・グロリア、あんま無理するなよ?」


 キャスさんとリーディッドさんとガンさんはその場に残り、私を見送る言葉をくれた。

 王女様は「お兄様、頑張ってくださいね」と、何故かメルさんを応援していたけれど。

 因みにリズさんは私が抱き抱えられた時点で、すすっとついて来ている。


「すまないな、嫌な思いをさせた」

『私も気が付くのが送れた。すまない』

「いえ、気にしないで、下さい」


 二人が謝る様な事じゃない。私が気にし過ぎなだけなんだろう。

 リーディッドさんが「大丈夫ですよ」と言っていたのだから。

 だから本当に私が気にし過ぎなだけで、きっと悪いのは私の方だ。


「・・・グロリア嬢、少し体を動かさないか?」

「体を、です、か・・・」

「ああ。気分が落ち込んでいる時は、運動をすると気が晴れるものだ」

『脳筋理論な気もするが、グロリアの場合は一理ある。どうする、グロリア』


 体を動かす。確かに友達と遊んでいると、色々忘れる事も多かった。

 それも良いかもしれない。このままモヤモヤとしているよりは余程。


「おねがい、します」


 という訳でリズさんにお願いして、何時もの格好に戻す事にする。

 彼女はとても、とても残念そうだったけれど、お願いは聞いてくれた。

 そうして普段の紅いドレスを纏い、第三騎士団の鍛練場へと向かう。


 とはいえ私は相変わらずメルさんの腕の中で、ずっと抱えられての移動だけど。

 鍛練場には団長さんも居たので、ちゃんと挨拶をして場所を貸りた。

 相手は勿論メルさんだ。彼は大剣を構えて私の前に立つ。いや、あれ、剣なのかな。


『何だコレは。剣と言って良いのか・・・いや、もう完全に板だろう、これは』


 ガライドの言う通り、剣というよりも鉄の板の様に見える。

 一応刃の部分はあるけれど、ただただ分厚い板の様だ。

 前に持っていた大剣も大きかったけど、今回の物はもっと大きい。


「君との手合わせの為に作った物だ。頑丈さだけを考えた」

「なる、ほど、ありがとう、ござます」

「ふふっ、礼を言われるとは思わなかった」


 あれ、てっきり私が手加減を間違えても良い様に、だと思っていたのだけど。


「これならば君と長く向き合っていられると思っただけだ。俺の我が儘に過ぎんさ」

「私は、メルさんとやるの、楽しい、ですよ?」

「そうか、そうだと嬉しい」


 お互いに笑顔で告げながら構えを取り、剣と拳を握る力が籠るのが解る。

 そしてどちらともなく踏み込み、大剣と拳の打ち合いが始まった。


 彼にとっては大剣も小剣も余り変わらない。単に大きさで取り回しが違うだけ。

 振る速度はほぼ同じで、けれど大剣の方が少し重みがあるだろうか。

 弾いて逸らす時に、力を入れ損ねると上手く弾けない時がある。


 なので何時もより少し強めに弾く様にしながら、前に、前に、足を踏み出す。

 時折後ろに弾かれそうになる一撃もあるけど、踏みとどまれる範囲だ。

 後ろに吹き飛ばされる事は無く、けれど踏み込んだ床が割れる。


「があっ!」


 少し興奮している気がする。メルさんとの手合わせが余りに楽しくて。

 何時もより少し力を籠めてもこの大剣は壊れない。その安心感が余計にだろう。

 普段ならとうに壊れているはずの打ち合いも、未だ止める事無く続けられている。


 隊長さんだと受け流す一撃も、メルさんは弾いて対抗して来るから余計に力が籠る。

 そう、弾かれる。以前と違う。最後にやった時より、メルさんの力が強い。

 きっとこの大剣は、メルさんの力に耐えられる武器、でもあるんじゃないかな。


「はあっ!」


 気合の入った剣撃。一切の加減を感じない斬撃。それは私に勝てないと思っているから。

 けれど彼は負ける気ではなく、勝つつもりで剣を振っていると思う。


 その気配が解るのに怖くない。彼相手だと殺される恐怖は無い。

 別に彼が弱いからでも、私が強いからでもなく、相手が彼だからだろう。

 私を見つめる目に殺意は欠片も無くて、ただただ好意だけを向けられているのが解って。


「ぎっ!」


 けれど誰かが言っていた。楽しい時間は何時だって終わりがある物だと。

 何合目か解らないけれど、打ち合った時にビキっと音が鳴った。

 その次の打ち合いで剣が砕け、私の拳がメルさんの前で止まる。


「はぁっ・・・はあっ・・・砕けて、しまったか・・・」

「です、ね」


 肩で息をするメルさんと、少し残念な気持ちで剣を見つめる。

 打ち合っている最中は、ずっと続くかと思うぐらい楽しかったから余計に。

 けど丁度良かったのかもしれない。メルさん汗だくだし。


「メルさん、強くなって、ましたね」

「まだまだ・・・この程度では足りんさ・・・」


 彼はまだ強くなるつもりの様だ。でも何となく、彼はまた強くなる気がする。

 理屈も理由も無い、ただそんな気がするってだけだけど。


「お水、用意、しますね」

「いや、気にせず、とも」

「休んでいて、下さい。ね?」

「・・・解った。すまない」


 彼はそこで腰を下ろして深く深く息を吐き、その様子がちょっと可愛いと思った。

 ふと周りに目を向けると誰も鍛錬をしておらず、団長さんまで私達を見ている。

 ずっと見られていたんだろうか。そんなに気になる手合わせだったかな。


「どうぞ、グロリアお嬢様」

「あ、ありがとう、ござい、ます」


 なんて思いつつもお水を貰おうと考えていたら、リズさんがスッと出して来た。

 ポットとカップとお盆。一体いつの間に。彼女は本当に謎だと思う。

 いや、私が夢中過ぎただけかな。有り難く頂こう。


『・・・本当に楽しそうに打ち合うな、この二人は・・・私も諦める頃合いか』

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