第226話、誓いの決まり

「気は晴れたか?」

「はい、すっきり、しました」

「そうか。ならば良かった」

『・・・楽しそうだったからな』


 鍛練場の端の椅子に座り、水を飲みながらメルさんと並んでポヤッと時間を過ごす。

 ガライドは膝の上で、何となくだけど少し不機嫌な気がした。

 けど訊ねても否定されたから、何か考えているだけなのかもしれない。


 もう胸の内の嫌な感覚は無くなっていて、ただ隣に居る人の温かさにホッとする。

 彼と打ち合う時間はとても楽しかったけれど、こうやっているのも心地良い。


 頭の先から足の先まで、少しぼやーッとして来る。

 思考が鈍っていた頃に似ているけど、あの頃とは少し違う感覚だ。

 あの時はただ苦しかったけれど、今は胸の内がとてもポカポカする。


「メルさんは、不思議、ですね」

「俺が?」

「はい。メルさんが、居ると、力が、抜けます」

「・・・そうか」


 彼は私の言葉に優しい笑みを見せ、大きな手で包み込むように頭を撫でる。

 優しい手つきだ。ポヤッとした思考が更に鈍くなる気がする。

 けどちっとも嫌な気持ちは無くて、むしろもっと撫でて欲しいとすら思った。


 ただ彼は途中で撫でる手を止め、私の前に回って膝を突いた。

 それでも彼の方が頭が高い。私が座っているせいもあるんだろう。

 なんて思いながら彼を見上げ、どうしたのだろうかと首を傾げる。


「グロリア嬢の信頼を裏切らぬ者であろうと、改めて誓おう」


 彼は首を傾げる私にそう告げると、手を取って口づけをした。

 手の甲に彼の唇の感触が伝わり、ちょっとくすぐったい。


「えと、ありがとう、ござい、ます?」

「いや、礼の必要は無い。ただ俺がそうしたいというだけの誓いだ。君の事を裏切らぬ、研鑽を積み続ける身であろうと想うだけだ。君の思いを無視した我が儘とも言える」

『相変わらず筋肉のくせに行動がいちいちキザだな貴様は。だが、まあ、グロリアに対する想いだけは認めてやろう。そこはグロリアの手ではなく私だがな!』


 私に対する想い。その想いはきっと優しい物で、だからガライドも認めてくれる。

 ならそれは我が儘ではないと思うし、私の思いを無視してなんかいない。

 相変わらず恋愛とかは良く解らないけど、それでも私は彼の事が好きだと思うから。


「ごめん、なさい、メルさん」

「む? 何を謝る」

『どうした、グロリア』

「私の手が、無いから、私の手には、出来なくて」

『っ、い、いやグロリア、今のはそういう意味では無くだな・・・!』


 多分本当は私の手にする物なのだろう。けど私は両手足が無い。

 勿論ガライドの手足に不満がある訳じゃないし、むしろ感謝はどれだけしても足りない。

 けどメルさんは、私の手にしている気なんだ。それが少し申し訳ないと思った。


「グロリア嬢。それは違う」

「・・・え?」

「この手は君の手だ。この足は君の足だ。たとえ魔道具だとしても、君を支える四肢だ。俺は魔道具を握っているのではない。君の手を握り、君に対し誓いを立てた。これは、君の手だ」

「メル、さん」

『・・・っ』


 彼の言葉は凄く嬉しく感じる。ガライドごと私なんだと言われている気がして。

 私だけを見ているのではなく、私の大事なガライドも含めて誓うと言ってくれていると。


「・・・グロリア嬢?」


 私の手を握るメルさんの手を、両手でつかんでそっと引き寄せる。

 彼はそんな私に抵抗せず、されるがままに手を伸ばす。

 大きな手だ。暖かい手だ。落ち着く手だ。そんな彼の手に唇を付ける。


「・・・私も、メルさんの事を、裏切り、ません。何が、あっても、助け、ます」


 きっとこれは、自分の想いを告げる為の決まりなんだろう。

 そう思い彼の手をギュッと握りながら、目を伏せ手を見つめたまま告げた。

 この優しい手を手放さない様に、私はちゃんと人間であろうという想いも込めて。


「・・・メルさん?」


 そうして顔を上げると、メルさんの顔が少し紅い様に見えた。

 表情は悪い様には見えないけれど、ただ片手で口元を隠している。

 どうしたのだろうか。私は何か間違えただろうか。嫌だったかな。


「いや、すまない。少し、照れただけだ」

「照れた、ですか」

「ああ・・・君が相手だと、何度も知らない自分を知る事になるな」

「嫌な訳じゃ、ないん、です、よね?」

「当り前だ。君にされて嫌な訳が無い。むしろ光栄だ」

『・・・嫌だと抜かしていたら、グロリアが口を付けた所をえぐり取ってやるわ』


 ガライド、それは大変な事になってしまう。絶対やめてほしい。

 ただ今回はあまり声音が強くないから、多分やる気はないんだろう。

 それに嫌な時は私が悪いんだし、でも今回は嫌がられてないみたいだから良かった。

 むしろ喜んでくれたみたいだ。彼が喜んでくれるなら私も嬉しい。


「グロリア嬢がそう思い続けてくれる人間であらねばと、一層に思えた。ありがとう」

「私こそ、ありがとう、ございます」


 彼との付き合いは、好きな人の中では一番短いはずだ。

 けれどそれでも彼の傍に居ると心が暖かい。彼の事が好きなのだと思える。

 ただこれが特別な好きなのか、まだ私には上手く区別がつかない事が申し訳ない。


 そこでふと、ずっと傍に居るリズさんに目を向けた。もう一人の好きな人へ。

 初めて会った時は緊張したし、何なら今でも緊張する時はある。

 けれど彼女に抱きしめられると落ち着くし、私が『人間』なのだと思う事が出来る。


「リズ、さん」

「はい。何でしょう、お嬢様」


 名を呼びながら手を取ると、何時もの綺麗な笑顔で応えるリズさん。

 そんな彼女の手にも唇を落として、さっきと同じ様に誓いを口にする。


「リズさんも、絶対、守ります、ね」

「―――――はい、ありがとうございます」


 すると彼女は私が顔を上げる前に膝を突き、ギュッと私を抱きしめて来た。

 ああ、やっぱり心地いい。彼女に抱きしめられると、私がここに居るんだと思える。

 ちゃんと『人間』をやれている私を、この人が褒めてくれているって。

 彼女に対し守ると言ったけど、きっと守られているのは私の方だろうな。


『・・・グロリアにとって口づけは、相変わらずその程度の意味か。それはそうか。だがまあ、気持ちの重さは本物ではあろうがな・・・全く、失言を悉くこの筋肉に救われて嫌になる』

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