第224話、側室

 取り敢えずいつまでも立ち話も何だと、第一王子様に言われて城の中へ。

 テクテクと覚えのある通路を進み、前回の変更後の部屋と同じ所へ案内される。

 一緒について来た兵士さんや使用人さんが荷物をそこに置き、そして私は着替える事になった。


「・・・リズさん楽しそう」

『今回は機会が無いと思っていたから余計にだろうな』


 リズさんは物凄くご機嫌に私を着飾り、結構な時間をかけて着替える事になったと思う。

 思うというのは、髪を弄られている時に気持ち良くて、転寝をしてしまったせいだ。

 最近のリズさんは雰囲気が柔らかくて安心するから余計に眠くなる。


「お綺麗です、グロリアお嬢様」

『ああ、可愛いな』

「ありがとう、ございます・・・」


 私としてはやっぱりフリフリひらひらな服は不安だけど、二人が満足そうなので我慢しよう。

 部屋を出て使用人部屋に向かうと、メルさんとレヴァさんが待っていた。

 第一王子様は居ないようだ。何処に行ったんだろう。後見慣れない女性が居る。


「おまたせ、しました」

「さして待っていない。君は早い方だ」


 メルさんはそう言って頭を撫でてくれた。髪飾りと髪を整えたので、それを崩さない様に。

 ちょっとくすぐったいかもしれないけど、それが気持ちいいとも思う。

 大きな手で優しい手つき。相変わらずのメルさんに、何だかホッとする。


「兄上、折角可愛らしくめかし込んでいるんだ。褒める言葉の一つでもないのかい?」

「グロリア嬢は何時でも可愛らしいが?」

「・・・うん、ご馳走様。私が無粋だったよ、兄上」

『キザったらしい台詞を吐く筋肉め・・・だがグロリアが常に可愛いのは事実だ』


 メルさんも可愛いと褒めてくれた。私自身には余り自覚は無いけど嬉しいと思う。

 彼等が望むなら城に居る間ぐらいは、この服で頑張る気になれる程度には。

 実は一番辛いのは靴だったりするけど。踵が少し高くて後ろに体重を乗せ難い。


 なんて思っていると、彼等の後ろに居た見知らぬ女性が近付いて来た。

 彼女は私の前に立つとしゃがみ込み、私に目線を合わせてくる。


「初めまして、グロリアさん、私はレディメルス・G・ヴァリエルと申します」

「はじめ、まして」


 優しい笑顔で自己紹介をされたので、ペコリと頭を下げて返す。

 すると彼女はふふっと笑い、私の頭を優しく撫でた。

 メルさんの手つきに少し似ている気がして、雰囲気が王女様に似ている気もする。


『・・・名前から察するに、王女達の母親か?』

「王女様の、お母さん、ですか」

「ええ。側室の・・・いえ、今は暫定正室王妃のね。陛下が他に女性を作らなければだけど」

『成程、前回の騒動で正室が失脚した事でそうなっているのか』


 前回の騒動。リーディッドさんと王女様が、毒を飲んだ時の事だろう。

 あの時の女性はもう城に居ないのか。ソレは私にとっては安心だ。


「兄が君達を迎えたのは、母の事もあってでね。母自身も君達と関わりがある、という風に見せたい意図もあった。こちらの都合ばかりで申し訳ないけどね」

「レヴァさんは、違う考え、なんですか?」

「いや、私も同じかな。身内を守る為に君達を利用させて貰う。妹が君と懇意だと情報を流しているはずなのに、それでも母に害をなそうとする阿呆が居るのでね」

「・・・それは、困り、ますね」

「ああ、本当に困ったものだ」


 レヴァさんは溜息を吐き、王妃様はそんな彼を見て苦笑している。


「次の王がヴァルナグちゃんの時点で、変な事をする意味がないのにね」

「我々身内がそう思っていても、外野は違いますからね」

「一応彼女の実家も身内じゃないかしら?」

「向こうはそう思っていませんよ。少なくとも母が邪魔で仕方ないと思っているはずです」

「困るわよねぇ。まさか正室扱いにされるなんて、私も困っているのに」

「権力が欲しい貴族にはその感覚が解らないんですよ」

『失脚した元正室王妃の実家は、側室だったはずの王妃が権力を握るのを嫌がっている訳か。だが本人に興味が無いとなれば、それは単純に迷惑だろうな』


 ガライドは二人の会話を理解できたみたいだけど、私にはいまいち解らなかった。

 そもそも正室と側室の差も良く解らない所が在るし。

 一応多少知識として学んでいるけど、私にはどう違うの上手く理解できていない。

 とはいえ私の存在が王女様の母親を助けられるなら、取り敢えずそれで良いかなと思った。


「これだから私は貴方の事が嫌いなんですよ」


 そこでリーディッドさんの冷たい声が響き、その視線はレヴァさんへと向いている。

 けれど声をかけられた本人は相変わらず笑顔で、フッと息を吐いてから口を開いた。


「酷いな、私が何かしたかな?」

「惚けないでくれませんか」

「惚けてなどいないさ。それにちゃんと最初に告げた。君達を利用すると」

「なら報酬を提示せず自然に見せかけて誘導するのは目に余ります。利用するなら報酬の提示が先でしょう。手痛い返しを食らいたいのですか?」

「事情は理解しておいて欲しいじゃないか。でなければ何も判断出来ないだろう?」

「そうですか。私は忠告しましたよ」

「痛み入る。身の程は弁えているつもりだ」

『・・・ああ、そういう事か。今の会話はグロリアが彼女に対し、なるべく良い感情を持つ為の誘導だった訳だ。確かに指摘されなければ、誘導されているとは気が付かんかったな』


 そう、なの、だろうか。やっぱりいまいち解らない。

 別におかしな事じゃないと思うんだけどな。友達のお母さんの為だし。

 それが誘導されてるって事なんだろうか。難しいな。


「俺はグロリア嬢を母に紹介したいだけだったが・・・弟の非礼を詫びよう。すまない」

「貴方の事は何とも思ってませんよ。グロリアさんに意図して害をなす事は無いでしょうし」

「当然だ」


 ただメルさんにはそういう意図は無くて、ただ会わせたかっただけらしい。

 リーディッドさんも一切気にしていない辺り、彼への信頼が見て取れる。

 そこでキャスさんが現れ、というか彼女は扉の隙間からずっと眺めていた。


「大体良く言うよねー。リーディッドだってグロリアちゃん色々利用してるくせに」

「私はその対価を支払っておりますが?」

「はいはい同族嫌悪同族嫌悪」

「止めて下さい。アレと同族なんて」

『王子をアレ呼ばわりは不味くないか?』


 キャスさんが登場した事で、ピリッとした空気が消えた気がした。

 彼女はこういう所が凄いと思う。居るだけで場が和む。


「ふふっ、可愛いお嬢さんがたね・・・グロリアさん、息子が少し失礼をしてしまった形になったけれど、私個人としては貴女とは仲良くなりたいと思っているの。貴女のおかげで娘も息子も救われたんだから。」

「私は、何も、してない、ですよ?」

「そっか・・・なら娘の友達を可愛がらせてくれないかしら?」

「それは、えっと、解り、ました」

「ふふっ、ありがとう」


 優しく笑う王妃様を見て、やっぱり別に彼女の役に立つなら悪い事じゃないと思った。


『演技か本気か・・・さて、何処までが本音で何処までが演技か。エシャルネという例があるからな・・・全て言葉通りに信じるにはまだ早かろうな』

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