第223話、再開の挨拶

 騎士さん達に連れられる事暫く、また前に来た時と同じ所に入って行った。

 という事はまた王子様が迎えに来るのかな、なんて思いつつ窓の外を眺める。

 そしてまた少し待つと車が止まり、ゆっくりと扉が開かれた。


「リーディッドお嬢様、到着致しました」

「ご苦労様」


 今回一緒に護衛で来ている兵士さんが声をかけると、リーディッドさんは真っ先に降りた。

 兵士さんは手を差し伸べていたけど、取って貰えなくて空を彷徨っている。

 代わりにキャスさんが彼の手を取り、ふわっと車から降りた。


「あーんがと」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 へへっと笑って礼を告げるキャスさんに、兵士さんが苦笑しながら返す。

 それに続こうとした所でリズさんが先に降り、くるっと振り返って私に手を差し伸ばした。


「どうぞ、お嬢様」

「あ、ありがとう、ござい、ます」


 リズさんの手を取って車を降り、周囲の状況を確認する様に見回す。

 王女様とガンさんは既に降りている様で、ただ王女様の様子が少し違う。

 いや、元に戻ったというべきなのかな。今の彼女は笑っていない気がする笑顔だ。


「第二王子かと思ったのですが、あっちでしたか。どっちにしろ面倒臭い」


 リーディッドさんの呟きが聞こえ、彼女の向いている方へと目を向ける。

 すると騎士達が集まっているその向こうに、第一王子様の姿が見えた。

 彼が迎えを寄こしたのだろうか。レヴァさんかメルさんだと思っていた。


「メルさんは、居ないみたい、ですね」

『・・・すぐ来る』


 この場には居ないだけで、彼も向かって来てるという事だろうか。

 ならちょっとここで待ってたら良いのかな。なんて考えていると王子様が近付いて来た。


「ようこそリーディッド嬢。歓迎する」

「本当に歓迎するなら私達を城に来させないで下さい。面倒臭い」

「・・・本当に扱いが面倒だな、お前達は」

「簡単ですよ。用が無ければほおって置いて下さい。それだけで良いです」

「そうもいかんだろう。今この時代になって、我等の力関係は変わった。出来るだけ魔獣領とは友好的にあると対外的に見せたい。勿論相応の対価は渡そう」

「だからそういうのは、私ではなく領主様として下さい。何故皆私を挟もうとするんですか」

「アレの相手は皆嫌だからじゃないか?」

「私だって嫌ですよ」

『何であの領主はそこまで嫌われているんだ。未だに理由が解らんぞ』


 王子様も領主さんの事嫌いなんだ。何でだろうね。悪い人じゃないと思うんだけどな。

 私の事も良くしてくれてるし、いっぱいお世話になってるから、嫌な理由が良く解らない。


「まあ良いでしょう。取り敢えず今回は貸しにしておきます。私達を盾にするんですから当然ですがね。勿論私とグロリアさん二人に対してですよ。返す際は二人分お願いします」

「元からそのつもりだ。グロリアをお前の部下扱いするつもりは無い」

「話が早くて何よりです」

「そうでなければ、今頃次の王は弟がする事で話が進んでいる事だろうよ」

「それはご勘弁願います。今の私の分の貸しは要らないので、絶対に阻止して下さい」

「はっ、嫌われたものだな、アイツも」


 弟ってどっちだろう。嫌ってる弟ってなると、レヴァさんの方かな。

 リーディッドさん、彼との会話になると辛辣な事が多いし。

 二人が笑顔で会話している時は、何だか近付くのが怖い時もあったっけ。


「酷いな、リーディッド嬢。私はこんなにも君を想っているのに」

「今本気で鳥肌が立ちました。冗談抜きで止めて下さい」

『本当に立っていたな。そこまで嫌か』


 なんて会話をしていると、レヴァさん本人が現れた。

 優しい声音で近寄り、けどリーディッドさんは結構本気で嫌がっている。

 ただそんな様子を見せてもレヴァさんは特に気にせず、ニコニコ笑顔でこちらへ向いた。


「あ、レヴァちゃんだ。オッス!」

「キャス嬢は相変わらず元気そうだね」

「はっはー。この通り絶好調だぜー」

「その様だ」

『こっちはこっちで、王子と平民の会話とは思えんな・・・』


 ただそれとは正反対に、キャスさんとは相変わらず仲が良さそうだ。

 彼女に近付くと示し合わせたかのように手を叩き合い、お互いに笑顔を向けている。

 そして今度は王女様へと目を向け、ニッと笑いながら口を開く。


「妹も元気そうで何よりだ。彼との仲は進展したか?」

「お兄様こそお元気そうで何よりです。ですが無粋な質問はいただけませんね」

「兄として妹の行く末を心配するのは当然だろう?」

「面白がっているの間違いでしょう」

「それもある」

「肯定しないで下さいませんか」

「妹に嘘をつくのは心苦しくてな」

「どの口が・・・」


 こっちも相変わらずだ。王女様はどうにもレヴァさんと合わないとも言ってたし。

 ただ仲が悪いっていう訳でもない気がする。王女様の身を気にしてるのは本当だし。


「ガン殿、妹は迷惑をかけていないか?」

「あ、いえ、迷惑なんて、そんな事は別に・・・」

「そうか。で、手は出したのか?」

「っ、いや、出しては、いな、い・・・いや、えと・・・出しては、いないん、です、はい」

「成程順調な様で何よりだ」

「うう・・・」

『物凄く言葉を濁したな・・・まあ嘘ではないし、レヴァレスは理解している様だが』


 二人の会話は私には良く解らず、ガライドも詳しい事は教えてくれなかった。

 また『まだ早い』って言われてしまって、何だか一人だけ疎外感を感じる。

 私は早いって言われるのに、王女様は解ってるっぽいんだもん。


 でも彼女にも『ガライド様が黙っているなら言えません』って言われたんだよね。

 何時か解るようになるし、今は解らなくても良いんだとも言われたけど。

 でもやっぱり一人だけ解ってないのは寂しい。早く解る様になりたいな。


「グロリア嬢、久しいな」

「っ、メルさん、お久し、ぶりです」


 ただそんな寂しさは、久しぶりに聞く優しい声で吹き飛んだ。

 声のした方へ目を向けると、以前と変わらないメルさんが私を見つめている。

 トテトテと近づくと彼は私を抱き上げ、私も彼に寄りかかった。


「余り変わっていないな、グロリア嬢は」

「変わった、方が、良かった、ですか?」

「いや。ただ君ぐらいの年の頃の子供は、目を離すとすぐ大きくなる。だから君がまた王都を訪れる頃には、少し大きくなっているのではないかと思ってた」


 成程。確かにきっと普通はそうなんだろう。だって友達は皆大きくなってるし。

 初めてあった頃より皆成長してて、私だけ余り変わらない。少し、寂しくは、ある。


「大きく、なった方が、良いです、よね・・・ちゃんと、成長、する、ほうが」

「私の個人的な意見になるが、健康であれば別に良いのではないかと思う」

「でも、いつか、大きく、なって、大人に、ならない、と」


 リーディッドさんの様に、リズさんの様に、大人になって恩返しをしたい。

 そう思って告げると、彼はフッと優しい笑みを浮かべる。


「グロリア嬢、図体が大きくなれば大人になれる訳では無い。心の在り様が人を大人たらしめるんだ。心が育っていなければただの大きな子供に過ぎん」

「・・・心が、育つ、ですか」

「ああ。君は体の成長よりも、そちらを優先した方が良い。そしてそれも焦る必要は無い。君は子供なのだから。子供らしく、子供の時間で、十分に学ぶと良い」

「・・・子供、らしく」

『そうだな・・・確かにそうだ。グロリアに一番大事なのはそちらだろうな』


 彼とガライドの言う事は、少し前にリズさんに言われた事と似ている気がした。

 もっと子供で良いのだと、私は自分を育てるべきだと言われた話に。

 子供として学ぶ事か。もっと子供で居なきゃいけないのか。

 いや違う。子供としての学びを終えないと、大人になれないんだ。きっと。


「・・・難しい、です。けど、頑張り、ます」

「ああ。俺は君が子供であれる様に、出来る限り君を子供として扱おう」

「良いん、ですか?」

「何か問題があったか?」

「子供じゃ、結婚、出来ないん、です、よね?」


 私の返事が意外だったのか、彼は眼を一瞬見開いた。

 けれどその驚きはすぐに消え、くくっと楽しげに笑う。


「俺は君に憧れて、君に釣り合う人間になりたいと思っている。である以上は、君の成長を待つどころか追いつかねばいかんのさ。君が子供である事よりも、そちらの方が大問題だ」

「釣りあい・・・メル、さんは、良い人、ですよ?」

「君に恥じぬ様に、そう在ろうとしているだけだ」

「そう、でしょうか」

「少なくとも俺はそう思っている。俺は君に会えたから、今の俺になれただけだ。ありがとう」


 優しい笑顔で私の頭を優しく撫で、その手の暖かさに思考が緩む。

 大きな手で私を包む様に抱き寄せる彼に、されるがままに体を預けた。

 まるで宝物でも扱う様な彼の手が、余りにも心地良くて。


「お役に、立てたなら、良かった、です」

「ああ、これ以上ないくらいに、君は俺の人生を変えた」


 メルさんの役に立てたなら、それはやっぱり嬉しい。うん、嬉しい、な。

 頬が自然に緩んでしまうぐらいに嬉しい。あったかいなぁ、メルさんの体。


『二人の空気になっているな・・・だがグロリアが幸せそうで邪魔できん・・・ぐぬぅ』

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