第221話、出発前の一幕

「また、よろしく、ね」

「わふっ」

「わんっ」

「ふふ、良い返事、だね」

『こやつら、やはり言葉が解っていないか?』


 元気よく答える犬達をわしゃわしゃと撫で、ふかふかの毛皮を堪能する。

 犬達ももっと撫でてと擦り寄って来るから可愛い。良い子良い子。

 ガライドが言う事も解るぐらい賢い子達だ。


「はぁ・・・可愛い・・・」

「わふ?」


 そして隣では王女様も同じ様に犬を撫で、そしてギューッと抱き付いている。

 普段からちょこちょこ厩舎に行っているらしく、犬達も慣れた様子だ。

 王女様が撫で易い様に、抱き付きやすいように伏せている。


「本当に良い子達ばかり・・・」

『・・・王女が溶けているな』

「嬉しそう、ですね」


 トロンとした幸せそうな笑みで犬達を褒め、ただそれは私も同じ気持ちだ。

 この子達は良い子だと思う。人の言う事を良く聞く子達だ。

 それに人懐っこくて可愛いし、何時までも撫でていられる気がする。


「王女殿下、グロリアさん、その辺りで」


 ただ流石に構い過ぎだったのか、リーディッドさんに注意されてしまったけど。

 素直に犬達から離れ、車に繋がれる犬達を見つめる。

 私はまたこの子達に王都に連れて行って貰う。理由は当然、闘技場に出る為だ。


「ガン様、今から緊張されていては、出場時に疲れてしまいますわよ?」

「・・・緊張している様に見えます?」

「ええ、どう見ても」

「・・・すか」


 犬達から離れた王女様は、そそくさとガンさんの元へと向かった。

 彼にも闘技場の招待状は届いていて、私と一緒に向かう予定だ。

 ただ二人っきりという訳では無く、私には当然保護者も付いて来る。


 リーディッドさんとリズさんだ。特にリズさんは駄目だと言われても付いて来ると言った。

 私としてはすごく嬉しい。彼女が居てくれるなら、きっと私は大丈夫だと思うから。

 闘技場に出ても、あの場に立っても、私は私のまま戦える。


「ガンは根っこから小心者だよねぇ。なるようにしかならないんだから、もうちょっと気楽に構えてなよ。今から疲れていざ闘技場で倒れましたなんて、王女様に笑われちゃうよー?」


 因みにキャスさんも居る。彼女は私達の応援について来るつもりらしい。

 余計に気合が入る。今回は私の大事な人達の、恩人達の前で戦うのだから。


「あらキャス様。私はガン様がどう在ろうと笑いなどしませんわ。たとえ負けたとしても、むしろ気落ちしているであろうガン様を、これ幸いと慰めるだけですよ?」

「・・・あのー、それ俺の目の前で言うのどうなんですかね」

「あら、私に慰められるのはお嫌ですか? 何時だって抱きしめて差し上げますし、頭だって撫でて差し上げますわよ。この通りに」

「わぷっ」

「ふふっ、ガン様、良い子良い子」

「・・・犬と同じ扱いになってませんかね」


 王女様はその宣言通りガンさんの頭を抱え、胸に抱いてギューッと抱きしめた。

 そしてそのまま彼の頭を優しく撫で、とても幸せそうな表情に見える。


『あれはどっちの褒美なのだろうな』

「・・・両方?」

『確かに、それが正解かもしれん。くくっ』


 ガライドの問いに首を傾げながら応え、二人でガンさん達を見つめる。仲の良い二人を。

 王女様はガンさんを抱きしめる事自体が幸せそうで、多分見た通りなのだろう。

 そしてガンさんはと言えば、そんな王女様にされるがままだ。


 むしろ王女様がやり易い様に屈んでいるし、表情も少し嬉しそうに見える。

 照れてもいるんだと思うけど、王女様に褒められる最近の彼はあんな感じだ。

 彼女の好意を殆ど受け入れていて、やりたい様にさせていると思う。


「はー、お熱い事で。ガンのこんな姿を見る日が来るとは。お姉さん感慨深いよ・・・ううっ」

「お前は誰目線なんだよ・・・」


 二人の様子にキャスさんが感極まった様子で泣き出し、けれどガンさんは呆れた様子だ。

 因みにその間も王女様はガンさんを抱きしめ、相変わらずなでなでしている。


「あのー、王女様、そろそろ離して貰えないでしょうか」

「あら、私に抱きしめられるのはお嫌でしたか?」

「嫌その、嫌な訳じゃないんですけど、車の用意も出来たみたいですし・・・」

「あら、本当ですね」


 ガンさんに言われて、そこで初めて気が付いた王女様。

 犬達は既に車に繋がれていて、何時でも行けますと言わんばかりだ。

 王女様はそれを確認してガンさんから手を放し、その際にちゅっと頬に口を付けた。

 するとガンさんはガバッと体を起こし、頬に手を当て顔をあかくしている。


「っ・・・!」

「ふふっ、可愛い」

「・・・あんまり人前でそういう事するのはどうかと思うんですよね」

「あら、では人の無い所で、いっぱい致しましょうか」

「・・・そういう事じゃないんですが」

「あら残念。ふふっ」

『私達は一体何を見せられているんだ・・・』


 二人の幸せな様子じゃないかな。私は見てて嬉しいし、楽しいよ?


「さ、グロリアさん、キャス、乗って下さい」

「はい」

「はいはいーい」


 リーディッドさんに促されて車に乗り、ただそこでガンさんが驚いた様子を見せた。


「えっ、キャスそっち!?」

「そだよ? 当たり前じゃん。何が悲しゅうてそんなの見せつけて来る二人と同じ車に乗らなきゃいけないのさ。私こっちでグロリアちゃん愛でてるから。王女様と仲良くおし」

「い、いや、待って、それは不味いって!」

「だいじょーぶだいじょーぶ。侍女さんも一緒なんだしさー」

「あ、そうか、それなら・・・」


 ガンさんはほっとした様に息を吐き、王女様と手を繋いで別の車に乗った。

 王女様と別々なのは少し残念だけど、休憩で顔を合わせられるし我慢だ。


「・・・アホだねアイツ。王女様の侍女はアンタに迫るの止めてないのに」

「ガンですから」

『口づけをされた混乱から立ち直っていなかったのだろう。おそらく』

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