第220話、招待状

 魔獣領での生活が戻り、お爺さんも街になじみ、暫く何時も通りの日々が続いた。

 勿論その間に色々と訓練をして、前より出来る事も増やした。

 ガライドにはちょっと叱られたけど、少し無茶をする技術も覚えた。


 こうやって過ごしていれば、きっと大丈夫だ。大丈夫なはずだ。

 幸せな日々を送っている事を自覚すると同時に、不安な自分に言い聞かせながら。

 そんなある日の早朝に、リーディドさんから食後に話があると言われた。


「おはなし、ですか?」

「ええ、後で私の部屋に来て下さい」


 今じゃ駄目なのだろうかと問い返すと、私の食事を後回しにする程命知らずではないとも。

 ガライドは『猛獣か何かか』と言っていたけど、あながち間違っていない気がする。

 私の食欲は野の獣と大差ないどころか、もっと強いだろうし。


 そうして何時も通り食事を済ませ、言われた通り彼女の部屋へと向かった。

 勿論一人ではなく、リズさんが何時も通り傍についている。

 何となく彼女へ目を向けると視線が合い、ニコッと笑顔を向けられた。


 こういう時私も笑顔を返せれば良いのだけど、そう思ってしまうと笑顔にならない。

 自然に笑っている時があるのは解っている。だけど何故か上手く笑えないままだ。

 無理に笑おうとすると変な笑いになるし・・・指で押し上げたらどうだろう。


「んっ」

「――――――っ!」

『―――――』


 口の端を指で押し上げて見つめ返したら、リズさんの動きが固まった。

 いや、何だか微妙に震えている。友達が笑いを堪えている時に似ている様な。

 今の私の顔はそんなに変だったんだろうか。やっぱり指じゃ駄目か。

 後気のせいかもしれないけど、ガライドも少し反応したような?


「んんっ、笑顔で返そうとしてくれた事、嬉しく思います、グロリアお嬢様」

『ああ。実に可愛らしい笑顔だった』


 駄目だったかと思いしょぼんとしていると、リズさんは咳ばらいをしてそう答えてくれた。

 ガライドも褒めてくれたけれど、本当にそうだろうか。少し不安が残る。

 私もそこそこの期間二人と接して来て、二人が少し私に甘い自覚はあるし。


「ほんとう、ですか?」


 指を口の端に添えたままコテンと首を傾げると、またリズさんは一瞬震えた気がした。


「ええ、とても。今すぐに抱きしめたい程に可愛らしいですよ」

『グロリアの可愛さに嘘をつく理由が無い』


 ただ今度は二人共即答だったので、本当の事を言っているのかもしれない。

 未だに自分が可愛いという感覚が解らないけど、そう思って貰えてるなら良かった。

 人に対しては解るんだけどな。自分が言われると上手く認識できない。


「ふふっ、お嬢様もそんな事を気にされるようになったのですね。喜ばしい事です」

「良い事、ですか?」

「ええ。貴方が成長している証拠ですから」

「成長・・・」


 してるのかな。やっぱりよく解らない。してる気もするし、全然ダメな気もする。


「ただ、無理はしなくて良いとだけ、お伝えさせて下さい」

「無理は、してない、ですよ?」

「ええ。勿論です。きっと貴方が素直に返したいと思った事をしてくれたのでしょう。ですがそれを常に皆には必要ありません。貴女の頭にあるのは、リーディッドお嬢様の姿でしょう?」

「そう、です、ね」


 一番身近な立派な大人。基本的には何時も笑顔で何事もこなす尊敬する人。

 彼女の様になれたらいいなと、最近は特に思う。彼女の様な人間にいつかなれたらと。

 そう思い頷き返すと、リズさんは膝を突いて私に視線を合わせた。


「憧れを止めろとは申しません。ですがグロリアお嬢様は先ず、自分を育てる事を優先するべきだと私は思っております。貴女はもっと、子供で良いんですよ」

「・・・大きく、ならないと、駄目、ですか?」

「そういう事ではないのですが・・・そうですね、今はそう思っておいて下さい。きっといつかの未来で、グロリアお嬢様が私の言葉を理解する日が来ると信じております」

「が、がんばり、ます」

「はい、頑張ってください」


 リズさんの期待に応える為にも、私はもっと色々学ばないといけないんだろう。

 それに大きくもならないといけないけど・・・なれるのかなぁ。

 ガライドが言うには一応成長しているらしいけど。不安だ。


「私のせいで長話をさせてしまいました。そろそろリーディッドお嬢様の元へ向かいましょう」

「あ、は、はい。すみま、せん」

「グロリアお嬢様に落ち度はありませんよ。可愛らしいお姿も拝見出来ましたし、お気になされる事はございません。それにリーディッドお嬢様も、特に待っては居られないでしょうし」

『本音が漏れてるぞ』


 ガライドの言葉は何処に関してなのか解らなかったけど、今は疑問よりも足を勧めた。

 ただでさえ食事の時間を待たせていたのだし、余計に待たせる事になって申し訳ない。

 けど一体話とはなんだろう。そう思い彼女の部屋の扉を叩き、許可を得てから中に入った。


「いらっしゃい、グロリアさん・・・リズ、やけに機嫌が宜しいですね?」

「私は変わらず何時も通りです。あえて言うのであれば、グロリアお嬢様の成長が喜ばしかったぐらいしょうか。大変可愛らしいお姿でした」

『リズ、お前さてはもう隠す気が無いな?』

「・・・良く解りませんが、取り敢えずグロリアさん、これを受け取ってください」

「はい」


 半眼でリズさんを見つめるリーディッドさんは、視線を切ると私に手紙を差し出す。

 言われた通り受け取ると差出し場所が書かれていて、それは私の良く知る場所だった。


「闘技場・・・出場選手への招待状・・・」


 それはそろそろ魔道具の大会が開催されるという、出場を促す手紙だった。

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