第219話、老人の行方

 お爺さんが現れてからの一連の騒動の後、お爺さんがどうなったかと言えば。


「来たか、お嬢さん」

「はい、今日も、お願い、します」


 傭兵ギルドの受付で、私の仕事の受付対応をしてくれるお爺さんの姿がそこにあった。


 どうもお爺さんはこの街で暮らす事を決め、働き口を探したらしい。

 するとどう話が進んだのかギルマスさんが雇う事になり、この通り受付業務をしている。

 初めて顔を合わせた時は驚いたけど、もう数日も経ったし慣れたものだ。


「フラン先輩、これで宜しいかな」

「・・・宜しいです」


 お爺さんは手続きを済ませると書類をフランさんに渡し、彼女は渋い顔で頷いた。

 それはお爺さんの事が嫌いという訳では無く、ただただ望みが叶わない悲しみからだろう。


「ホントに教える事が無い・・・やっと・・・やっと後輩が出来るって、喜んだのに・・・!」

『まあ老人が後輩に来るとは普通思わんだろうな』


 お爺さんが雇われると決まった時、フランさんは後輩が出来るとだけ聞いていたらしい。

 可愛い女の子の後輩を期待していた彼女にとって、結構なショックだったとか。

 何よりも辛いのは、教える事がほぼ無いどころか、自分のミスを助けて貰う事だそうだ。


「グロリアちゃん、受付嬢になりません? きっと楽しいですよ?」


 なんて私を誘ってきたぐらいだから、よっぽど後輩が欲しいんだろうな。

 けど申し訳ないけれど断った。私には少し向かない仕事だと思うから。

 毎日彼女と顔を合わせる日々は良いと思うけど、やっぱり私は闘う生き方が合っている。


 ずっと戦って生きて来たせいなのもあるだろう。けど私は闘わずにはいられないんだと思う。

 戦闘になった時、私は自分が生きている事を強く感じる。最近は余計にそう感じる。

 戦いを辞めると決めた時が死期だと、本能がそう言っているかのように。


「では気をつけて、お嬢さん。後ろのお仲間も」

「はい、気をつけ、ます」

「貴方に心配される必要はありませんよ」


 お爺さんの言葉に答えた私とは対照的に、リーディッドさんが冷たく返す。

 けれどそれ以上の事を言う様子はなく、踵を返してギルドを出ようと歩を進める。

 この光景はまだ少し慣れない。思わずチラッとお爺さんの様子を伺ってしまう。


「気にする必要は無い。彼女の言う事はもっともだ。自らの不注意で身を危険にさらした自分が言えた身ではないと、自分でも重々承知している。すまないな、気を遣わせて」

「・・・そう、ですか」


 お爺さんを助けに行った一件は、お爺さんが森で迷子になったという事になっている。

 勿論それはある意味で間違いじゃないのだけど、正しい事でもないはずだ。

 ただ領主さんとリーディッドさんに、あの出来事はそういう事に決まったと言われた。


 ギルマスさんには領主さんが話を通したとは聞いた。ただ私が聞いたのはそこまでだ。

 それ以上を知る必要が在るとは思えなかったし、知った所で何をする事も無い。

 お爺さんが生きる気になって、生きる場所を得られたのなら、きっとそれで良いんだと思う。


「じゃあ、いって、きます、お爺さん」

「ああ、いってらっしゃい。グロリアちゃん」


 そう思いお爺さんに接する事にして、そして私は今日も仕事に向かう。

 お爺さんは初めて私を見送った時と同じ目で、今日も私をギルドから送り出す。

 何処か苦し気な、けれど優しい目で。それがここ数日の日常だ。


「変われば変わるもんだねー、あのお爺さんもさー」

「変わり過ぎてちょっと怖いけどな」


 お爺さんの事を知るキャスさんとガンさんは、彼の様子を見てそんな事を口にする。

 彼は変わったのだろうか。私は少し違うと思っている。

 きっと元に戻ったんじゃないだろうか。あれが本当のお爺さんなんじゃないかな。


『数日で随分と馴染んだ事だ・・・心の内は苦しいのだろうが。グロリアを見る度に、ギルドで仕事をする度に、自分の罪に向き合うのだからな。だが、贖罪と思えば軽い物だろうよ』

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