第218話、八つ当たり

 屋敷が近付くにつれて、リーディッドさんの歩幅が小さくなっている気がした。

 いや、多分気のせいじゃないと思う。むしろ今は普段より歩幅が小さい。

 そうしてとうとう足を止めてしまい、兵士さん達は心配そうな表情を向けている。


「グロリアさん、みっともない所を見せました。いえ、貴女に失礼な事を致しました。貴方は必死になって人命を救いに向かったのに、台無しにした形になって・・・申し訳ありません」

「え、い、いえ、えっと、き、気にしないで、下さい」


 そして唐突に謝られ、何が何だか分からずに慌てて返した。

 でも本当に謝られる理由は無いと思うし、気にして欲しくないのも本音だ。


『確かに状況だけを見れば、グロリアが慌てて助けにいった人物を罵倒して、グロリアを引き離した形にもなる訳か。とはいえ背景を知った身としては、責める気にはなれんがな』


 成程。そういう風にも見えるのか。それで謝られたんだ。

 ガライドが居なかったら、何で謝られたのか解らないままだったかも。

 でも事情を理解した上でも、別に謝る事は無いと思う。


 私がお爺さんを助けに行ったのは、単に私が助けたかっただけだ。

 それがリーディッドさんにとって気に食わなかったのは、きっと仕方ない事だと思う。

 今のお爺さんにその気はない様に見えたけれど、元々二人は敵だったのだから。


「リーディッドさんは、悪くないん、ですよね? なら、気にしないで、下さい」

「・・・いえ、そういう訳にも、いきません」


 なのでもう一度しっかりと伝えると、何故か彼女は俯いてしまった。

 予想外の反応にわたしはまたアワアワしていると、彼女は苦笑しながら口を開く。


「あんなのは八つ当たりですよ。確かにあの男の邪魔をされたのは事実です。面倒な事が重なり資材が足りなかった事があったのも事実です。ですが死者に関しては、あの男のせいと言うには根拠が薄い。勿論要因の一つではありましたが、それでも戦いの中で死んだのですから」

「戦いの、中で、ですか?」

「ええ。溢れの際にミスを犯し、怪我を負った男が居ました。彼は自分の負傷を隠し、他の人間に薬を使う様にさせて・・・その男は、手遅れになって死にました」

『薬が足りず、他人を優先させてか。それは、やり切れんな』


 誰かを助ける為に自分以外を優先した人が死んだ。

 それは薬が足りていれば助かる状況で、でも薬は現実には無かった。

 足りない事態を引き起こしたのがお爺さんという事だろうか。


「薬があれば何とかなる毒だったんです。怪我をしてすぐに治療したら問題の無いはずの毒だったんです。本来重病化する様な物ではなかったのに、なのに、助かりませんでした」

『毒、か・・・』


 毒と聞いて、あの光景を思い出した。毒の花に食べられた人たちの事を。

 リーディッドさんは同じ様な光景を見て来たのだろうか。

 ならやっぱりそれは、彼女にとっては許せない事で仕方ない気がする。


「勿論溢れの際に命を落とした人は、その男だけではありません。ここ数年は命を落とした者は居ませんが、それでも数年に一度は重症者が出て、忘れた頃に死者が出る。ここはそういう領地です。魔獣領と魔獣の森は、そういう場所です。だから、八つ当たりなんですよ」

『大局で考え、感情を抜けば・・・確かにそうなのかもしれんが・・・』


 リーディッドさんの言っている事は、きっと正しい事なのだと思う。

 ガライドが肯定する事からも、きっと彼女は間違っていないのだろう。

 けどそれは正しいだけなんだと、そう思ってしまった。


「良いと、思い、ます。八つ当たりで、良いじゃ、ない、ですか。私は、リーディッドさんが、すっきり、するなら、聞きます、よ?」


 きっと間違っている事なのだろう。正しく有るなら駄目な事なんだろう。

 けど私は別に、リーディッドさんに正しく有って欲しいとは思っていない。

 私の恩人である彼女が苦しまない事が、正しさよりも大事な事だから。

 すると彼女は一瞬目を見開き、そして溜息を吐いてから何時もの表情に戻った。


「・・・まだまだ未熟ですねぇ。グロリアさんに慰められる時が来るとは。いえ、この場合は貴女の成長を喜ぶべきなのでしょうか。どちらにせよ・・・ありがとうございます」

「どう、いたし、まして」


 良かった。笑顔になってくれた。少しは力になれたみたいだ。


「じゃあ、かえり、ましょう」

「ええ、帰りましょうか」


 すっと手を差し出すと、彼女は素直に手を取ってくれる。

 それで良いと思う。それだけの事で構わない。

 お爺さんの事は確かに助けた。確かに手を伸ばした。


 けれど私にとっては、彼女の手を握る事の方が大事だ。

 それは勿論キャスさんやガンさん、友達にも同じことが言える。

 何よりリズさんの事も、私は絶対に手を差し伸べるだろう。


 その行動が間違っていたとしても、きっと私は助けに行く。絶対だ。


「グロリアお嬢様!」


 そこにリズさんの声が響き、音の方へと顔を向ける。

 すると屋敷の方向から走って来るリズさんの姿があった。


「兵士を一人先に報告に行かせたのですが、それを聞いて来た様ですね」

『屋敷で待っていられなかったか』


 その後私はリズさんに抱きしめられ、心配をかけた事をいっぱい謝った。

 嬉しいと思う私が居るのを、申し訳なく思いながら。

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