第217話、謝罪

 周囲を兵士さんに囲まれながら、テクテクと領主館へ向かって歩く。

 その道すがら何があったのかを説明した。何一つ隠さず、全部話した。

 すると彼女は大きな溜息意を吐いて、私の頭に手をポンと乗せる。


「そんな目で見ないで下さい。まるで私が虐めているみたいじゃありませんか」

「す、すみ、ません」

『む、叱られると、思ったのだが・・・』


 どんな目で彼女を見ていたのだろう。自覚が無かったので申し訳ない。

 慌てて謝ると、彼女はそのまま優しく私の頭を撫でて来た。

 てっきり叱られると思っていたから、思わずキョトンとした顔を向けてしまう。


「グロリアさんが焦っていた事は解りました。ですが次からは端的でいいので、近くの者に説明をお願いします。貴方が焦って出て行ったという事実は、皆驚く事なのですから」

「はい、すみ、ません・・・」

「宜しい。ただ帰ったら、リズにもちゃんと謝ってあげて下さい。彼女大分心配してましたよ」

「はい・・・」

『リズには悪い事をしてしまったな・・・』


 私が屋敷を出た時、丁度リズさんが少し離れている時だった。

 戻ってきたら私が居ないなんて、きっと彼女を驚かせたに違いない。

 心配させただろうな。帰ったらしっかり謝らないと。


 しょぼんとしていると、また彼女は優しく撫でてくれた。

 そんなに落ち込まなくても良いですよと、優しい声音付きで。

 でも私のせいで大騒動になった事は、やっぱりとても申し訳ない。


 今日はもう遅いから無理だけど、明日になったらギルドにも行って皆に謝ろう。


「・・・で?」


 ただ次の瞬間、背筋が凍るかと思う冷たい声と迫力が周囲を支配した。

 ビクッと背筋を伸ばして見上げると、彼女の鋭い目がお爺さんへと向いている。

 こ、怖い。今日一番怖い。下手な事を言ったら怒られそう。


「貴方はどうするつもりですか、ご老人」

「・・・申し訳ない。いや、謝罪の言葉も無い」

「随分としおらしい、都合の良い話ですね」

「・・・貴女の言葉通りだろうな。都合の良い事を吐いている自覚は有る」


 口を挟める様子ではないリーディッドさんの言葉に、お爺さんは静かに答えている。

 彼女の冷たい目から一切視線をそらさず、穏やかな様子で返していた。


「更に都合の良い事に、自分だけが苦しいとでも思って、自ら死のうとしていた訳ですか。馬鹿馬鹿しい。全くもって馬鹿馬鹿しい。貴方みたいな人間が一番嫌いですよ私は」

「・・・私も、今は私が一番愚かだと思うよ」

「愚かにも程がありますね。その挙句にグロリアさんに迷惑をかけて、街が騒ぎになる事態を起こしているんですから。何処までも迷惑な方ですよ、貴方は」

「・・・申し訳ない」


 お爺さんは何をどれだけ言われても、ただただ静かに聞いて謝っていた。

 その様子が何か駄目だったのか、リーディッドさんの機嫌は更に悪くなる。

 何時もの彼女と違い、冷たい目ではなく、眉間に皴の寄った怒りの顔だ。


「貴方がっ・・・貴方が、邪魔をしなければ、出なかった怪我人も居たんですよ。出るはずの無かった死者も居たんですよ。それを棚に上げて今まで良くのうのうと敵視出来たものですね」

「・・・ああ、私もそう思う」

『死者も、いたのか・・・それは、部外者には何も言えんな』


 その話は始めて聞いた。けが人が出ていたというのは、聞いていたけれど。

 お爺さんの行動で誰かが死んだ。それは、それじゃ、リーディッドさんは。

 ずっと我慢していたのだろうか。これまでずっと。


「本当は、本当は出来るなら、私は貴方をこの手でくびり殺してやりたい。どれだけ私がそう思いながら貴方と接していたか解りますか。その首その場で晒し上げてやりたいと」

「・・・解るさ。筋違いとはいえ、同じ思いを抱いていたのだからな」

「ふざけるな!」


 そこでリーディッドさんは足を止めて、珍しくとても大きな声で叫んだ。

 戦闘中以外で彼女の大声なんて、殆ど聞いた事が無い。

 それも怒りを滲ませてとなれば更にだ。その事実に固まってしまった。


「・・・ふざけたつもりは無い。だが不快にさせた事は申し訳ない」

「っ、貴様は、貴様はただ苦しんでいれば良かったんだ。何も出来ず、何も持てず、ただの老人となった貴様は、ただ苦しんでいれば良かった。なのに、何だ、その顔は!」

「・・・すまない」

「っ・・・!」


 お爺さんが膝を突いて腰を折り、頭を深々と下げた。

 それは私にやったのと同じ謝罪で、リーディドさんはこぶしを握り締めて見つめている。

 彼女の目は怒りの様で、悲しみの様で、懸命に何かを堪えているようにも見えた。


 周囲の兵士さん達も心配した様子で、けれど彼女は暫くしてその拳を開く。

 そして大きな溜息を吐くと、何時ものリーディッドさんに戻った様に見えた。


「もう良いです。貴方の様な何も無い老人に何を言った所で無駄ですから。我ながら自分らしくない事をしました。帰りましょう、グロリアさん。もう彼に用は有りません」

「え、で、でも・・・」

「彼の事は放っておきなさい。関わっても良い事など何もありませんよ」


 リーディッドさんに手を引かれ、再度領主館へと歩みを進める。

 けれどお爺さんはその場から動かず、私達をただ見送っていた。

 これで、良かったんだろうか。私には・・・難しくて、解らない。


『らしくないか・・・そういう意味では、あの老人を置いて行った事が一番らしくないな。普段のリーディッドであれば、利用する方向に進めたはずだ。いや・・・口を出すべきではないか』

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