第208話、老人の願い

翌朝、お爺さんが気になった私は、朝食を終えた後ギルドへと向かった。

少し急ぎ目程度にポテポテと走り、道中で街の人達に挨拶をしながら。

そうしてギルドについて中に入ると、何時も通り皆が迎えてくれた。


撫でられたり抱きしめられたりしながら、私も皆に挨拶を返す。

その合間にお爺さんの事を聞き、どうやら彼は一度は目が覚めたらしい。

けれど一度倒れたせいなのか、そのまま動ける様な状態ではなかった。


なので栄養の有る物を食べさせて、今はゆっくり寝かせているそうだ。

ギルマスさんにそう説明され、取り敢えず無事な事にホッとする。

ちゃんと食事をとっているなら、きっと生きるつもりは有るのだろう。


「お爺さんの、様子、見に行っても、良いですか?」

「構わねえよ。好きに行って良いぞ。グロリアなら余計な所に入って悪さもしねーだろうし」

『当然だ。グロリアは良い子だからな』

「ありがとう、ございます」


ギルマスはそう言って顎で奥の扉を促し、私はペコリと頭を下げてから扉に向かう。

そうして昨日お爺さんを運んだ部屋に入ると、彼は別れた時と同じ様に転がっていた。


「・・・誰だ?」

「あ、その、私、です・・・」


ただどうも起きていたらしく、部屋に入るとお爺さんの目がゆっくりと開かれた。

そして転がったまま顔を私に向けて確認すると、はぁと大きな溜息を吐いた。


「・・・捨ておけと、言っただろうに」

「すみ、ません・・・」


確かにお爺さんはそう言っていた。けれど私はそのまま放置できなかった。

昔の私ならきっと言われた通りにしただろう。でも今の私には無理だ。

魔獣領で人の温かさをを知った私には、彼をそのまま見捨てられない。


「謝るな。お前は何も悪くない。悪いのはこの頑固な老人だ。馬鹿な老人だ。謝る必要は無い」

「は、はい・・・」

『随分態度が軟化しているな。昨日はまだ、少し敵意が見えた気がするが』


確かにガライドの言う通り、お爺さんの態度は昨日より柔らかい気がする。

昨日の感じのままなら、そのままもっと叱られた様な、そんな気がした。


「そうしていると、ただの可愛らしい少女だな、お前は」

「えと、そう、ですか?」

「ああ。本当に可愛らしい。国が揺るがせる程の人物とは到底思えん」

「・・・私は、何も、しませんよ?」


国を揺るがせるって、私は国をどうにかする気なんて無いのだけれど。

私はただ大好きな人達と一緒に居られれば、ただそれだけで構わない。

そう思い彼に伝えると、彼はフッと優しく笑った。


「そうなのだろう。ただの善良な少女なのだろうさ。だからこそ・・・いや、お前は道端で倒れた老人を救った。その正しい行いに胸を張って、これからも正しく生きて行くと良い。助けられた者として、お前が曲がらずに育つ事を願う。心からな」

『本当にどうしたんだ。随分態度が違うぞ』


お爺さんの様子の変わりように、ガライドがとても不思議そうに呟いている。

ただ彼はきっと私を褒めてくれて、そのまま胸を張れと教えてくれた。

間違ってないのだと。助けた事を悩みも、後悔もするなと言ってくれているんだと思う。


「ありがとう、ござい、ます」

「礼を言うのはこちらだろうに・・・全く、本当に、どうしようもないな、私は・・・」


お爺さんは頭を動かして天井を見つめ、溜め息を吐きながら腕で顔を隠した。

言葉の意味は解らない。私に向けた言葉ではないとは、思うのだけれど。


「・・・古代魔道具使いの少女よ。一つ頼みがある」

『む? なんだ一体』

「なんで、しょうか。出来る事なら、良い、ですよ」

「歩けるようになったら、私を森に連れて行ってくれないか。お前は自由に森の出入りをしているのだろう。私はあの森の奥に行きたいのだ。頼めるか?」

「それは・・・」


良いのだろうか、いや、多分駄目だ。森の奥に入るのは許可が居る。

私は領主さんとギルマスさんに許可を貰って森に入っている。

ガンさん達と一緒の時も、ちゃんと許可を貰っての事だ。


『グロリア、今頷く事は出来ん。一旦待つように伝えるべきだ』

「少し、待ってて、貰えます、か?」

「解った。良い返事を期待している・・・すまんな、少し眠い。もう少し寝かせて貰う」

「は、はい、ごめんなさい。出て、いきます」


お爺さんが目を瞑ったのを見て、慌てて部屋を出て扉を静かに閉める。

そうして扉を見つめて、少しだけ安心してホッと気を吐いた。


食事をとったと聞いていたけど、まだ少しだけ不安だったんだ。

けれど彼は『回復したら』と確かに言った。ちゃんと元気になる気だと。

良かった。助けた事を褒めてくれたし、手を出して本当に良かった。


『グロリア、先程の頼みは聞くつもりなのか?』

「え? ええと、許可が、貰えたら、ですけど、はい」


生きる気になったお爺さんの願いだ。それなら出来るだけ叶えてあげたいと思う。

とはいえ勝手には出来ない。ちゃんとギルマスさんと、領主さんに許可を取らないと。


『・・・そうか。そうだな。取り敢えず、相談に向かうか』

「はい。行きま、しょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る