第207話、居場所

「そう、ですか・・・あの老人が・・・報告ありがとうございます、グロリアさん。お話はそれ以外に有りますか? 無いのでしたら、申し訳ありませんがこれで失礼します」


 屋敷に帰った後、お爺さんの事をリーディッドさんに話した。

 ただ彼女はその話を聞くと、私にそれだけ告げて何処かに行ってしまった。

 外に出て行った訳ではない様子だけど、何だか様子がおかしい気がした。


「リーディッドさん・・・怒ってるん、でしょうか」

「かの方とは確執が有りますので、領主様へ対処のご相談に向かわれただけでしょう」


 私の呟きにリズさんが応え、前に聞いた話を思い出す。

 お爺さんが誤解をしていて、魔獣領の事を恨んでいると。

 なら誤解を解けば良いんじゃないんだろうか。それじゃ駄目なのかな。


「グロリアお嬢様。気になる事もあると思われますが、先ずは湯あみを致しませんか?」

「はい、わかり、ました」


 リズさんの提案に頷き返し、促されるままに浴場へと向かう。

 最早最近は当たり前になった、彼女のお世話にされるがままに洗われる。

 そうしてサッパリして服を着替え、また何時も通り食堂へと向かった。


「グロリア様、お帰りなさいませ」

「王女様、ただいま、です」


 食堂では王女様が待っていて、どうやら彼女は私を待っていた様だ。

 彼女が魔獣領に来てからは、基本的に一緒に食事をしている。

 これは彼女が望んだからというのも有るけど、他にも理由が有った。


 私と一緒の食事が一番安全だから、との事らしい。

 正確には私ではなく、ガライドが一緒ならだけれど。

 もし変な物を食べたとしても、回復が使えるのが理由だそうだ。


『まあ、大体は気が付けるから、食べる前に止めるがな』


 とガライドは言っていたけれど。私もその方が良いと思う。

 何でも食べられるのは私だけの話で、他の人は苦しむのだから。

 そう思うと私が変なのだろうな。でも変だからガライドと一緒に居られる。


 なら変でも良いかな。うん、ガライドが居てくれるなら、普通じゃなくて良い。


 そんな事を想いつつ席に着くと、それに合わせる様に食事が運ばれてきた。

 いや、実際合わせてくれているんだ。何時も何時も美味しい料理でありがたい。

 料理人の人達に感謝しながら食事を口にして、幸せな気持ちで食べ終わった。


「今日も、美味しかった、です」

「ええ、本当に、この屋敷の料理は美味ですね」


 はふっと食後の茶を飲みながらの呟きに、王女様はニコニコ笑顔で応えてくれた。

 王女様の口には、城の料理よりも美味しいらしい。私もそう思ってしまう所が在る。

 勿論お城で食べた物が美味しくない訳じゃない。けど屋敷の料理の方が好きなんだ。


「やはり私が作ると、何か違うのですよね。同じ様にしているつもりなのですが」

「わかり、ます。なんか、違い、ます」

『二人共、食事に関しての拘りが厳しいな・・・』


 今度は私が王女様の言葉に頷く。私達は最近、料理を教えて貰っている。

 料理人さん達の手際は見ているだけで凄くて、同じ事はまだまだ出来る気がしない。

 そんなに簡単に出来たら困る、と言われたのだから当然なのだろう。


 元々リーディッドさんに少し教えて貰っていたけど、やっぱり料理は凄く大変だ。

 ただそれでも出来ないながらに、何とか少しずつ覚えている。

 王女様はガンさんの為に。私はただ色んな事を覚えたくて。


「それでもガン様は美味しいと、そう言って下さるんですよ。ふふっ」


 因みに彼女が作った料理は、基本ガンさんの元へと届けられている。

 お弁当をいそいそと詰める彼女は幸せそうで、もう街では有名な話だ。

 可愛い幼妻? を貰って幸せ者だと、皆に祝福されているらしい。


 ガンさん本人は否定しているけど、誰もその話に耳を貸していない。

 多分幼妻と言われた時に、王女様が否定どころか肯定していたからだろう。

 王女様を逃したら一生独り者だぞと言われ、ガンさんが否定できなかったせいかもしれない。


「・・・こんなに幸せな毎日を送れる日が来るなんて、思いもしませんでした」

「王女様?」

「今でもふと、夢かと思う時が有るのです。面倒な兄に振り回され、王族の血以外は価値のない身として生きる日々を過ごしている私が、現実逃避に見ている夢なのではと。だって余りに私に都合が良すぎます。グロリア様も、ガン様も、奇跡だと思う程に」

『・・・奇跡、か。その気持ちは、少し、解る』


 王女様は嬉しいのか悲しいのか、良く解らない表情でそう語った。

 そして何故かガライドも、少し低い声で同意し、けれど私にはいまいち解らない。

 思わず返事に詰まり、けれど胸を張って彼女に応える。一つだけ応える事が出来る。


「王女様は、ここに、います。大丈夫、です」

「―――――ふふっ、ええ。ありがとうございます、グロリア様」


 そしてその答えは、きっと間違ってなかったのだろう。彼女が笑ってくれたのだから。


「そうですね。弱気になっている暇などありませんね。ガン様に手を出して頂ける様に、もっと頑張らねばいけませんし。でも押しすぎると逃げてしまわれるので、そこが一番悩む所です」


 王女様は気合を入れる様子を見せ、今後のガンさんへの接し方を悩み始めた。

 ただしそれはさっきまでと違って楽しそうで、きっと良い悩み方なのだろう。


『ここに居る、か。そうだな。グロリアのおかげで、私は目覚めて、ここに居られる。きっとあの老人は、その『居る場所』を見失っているのだろうな。いや、ともすれば最早そんな物は何処にも無いのかもしれん・・・ならばあの老人は、終わりこそが居場所なのかもしれんな』

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