第202話、一歩
少年は私の前に立つと、拳をぐっと握りながら見つめて来た。
それは私に殴りかかって来る様子ではなく、ただただ力を込めているだけの様だ。
私が気合を入れて誰かに応える時や、闘技場で挑んだ時に似ている気がする。
『・・・ひとまずは、絡んで来た、という感じでは無い様だな』
ガライドの訝し気な呟きを聞きながら、私も首を傾げて彼を見つめる。
だって彼は何か用があったのではないのだろうか。そう思ったのだけど。
私の目の前に立ってから一向に口を開かない。いや、一応開いてはいるのかな。
ただ少し開いて、直ぐに閉じて、そしてまた私をじっと見つめる。
口を閉じる度に手を握る力が強くなっていて、手を傷めないが少し心配だ。
一体どうしたんだろう。多分何かに緊張してる様な、そんな感じは解る。
けれど彼が私相手に緊張するなんて、そんな理由は何処にも無いはずだ。
だって最後に会った時は、物凄い勢いで叫んできていた訳だし。
出来る事なら話始めるまで待ってあげたいけど、このままだと日が落ちてしまう。
早く仕事終了の報告をしないと、リズさんをまた心配させて――――――。
「わ、わる、かった」
「ふえ?」
『ふむ・・・』
どうした物かと悩んでいると、少年はバッっと頭を下げて来た。
なぜ謝られたのか良く解らず、ポカンとした表情を向けてしまう。
私は何か、彼に謝られる様な事、あったっけ。
「えと、何が、でしょう」
「―――――っ」
『あー・・・まあ、グロリアにしてみれば、そうなるだろうな・・・』
良く解らなくて素直に問うと、頭を下げたままの彼から歯を食いしばる音が聞こえた。
もしかして怒らせてしまったんだろうか。あれ、でも私、謝られてるん、だよね。
良く解らない。ど、どうしたら良いんだろう。思わずキョロキョロと周りを見回す。
するとギルド内の全員が私達を見ていて、殆どの人が苦笑していた。
ギルマスさんだけが少し厳しい顔だろうか。でも大体の人は優し気だ。
そこでフランさんがトテトテと近付いて来て、ポンと少年の背を叩く。
「はいはい。取り敢えずグロリアちゃんの仕事の報告を先にさせてあげて下さいねー」
「あ、ああ・・・わるい」
「ん。んじゃ、グロリアちゃんこっちにどーぞー」
「は、はい・・」
フランさんに手を引かれてトテトテと歩き、ただ少年が気になってチラッと見る。
すると彼は体の力が抜け、とても落ち込んだ様子で俯いていた。
何だか泣きそうな顔にも見える。私は一体何をしてしまったんだろう。
「ふむふむー。んー、ちゃんと終わってますねー。いやー、グロリアちゃんは素直で良い子でかつ力持ちだから、次もグロリアちゃんにお願いしたいって人も多いんですよー」
『当然だな』
「喜んで、貰えるなら、嬉しい、です」
「良い子ですねぇー、この子はホントにもー。うりうりー」
フランさんに頬をグニグニされ、気持ち良くてされるがままになる。
でもすぐに手が離れて、ちょっと待っててねーと彼女は奥へ。
少し待つと報酬ではなく、お茶がテーブルに置かれた。
「あー、そこな少年や、こっちにおいで」
「え、お、俺?」
「今少年は君しかおらんじゃろう。良いからこっちに来るのじゃよ」
「は、はぁ・・・」
フランさんは変な喋り方で少年を呼び、カウンターにもう一つお茶が置かれる。
そして「もちょっと待ってて下さいねー」と言って奥に行ってしまった。
何かそんなに手間のかかる事があったのだろうか。仕方ないのでお茶を飲みながら待つ。
「ずず・・・おいしい・・・」
相変わらずフランさんのお茶は美味しい。ほっとする味だと思う。
ただふと横を見ると、少年はお茶に手を付けていなかった。
彼女のお茶は冷えても美味しいけど、今日のあ暖かい内が一番おいしい味だ。
冷める前に飲まないともったいないと思うんだけど・・・。
「えと・・・飲まないん、ですか?」
「あ、ああ、いや、飲むよ・・・ズズ・・・美味い、な」
「はい、美味しい、です。フランさんの、お茶は」
思わず笑顔になっている自分が解る。
少年もお茶が美味しかったからか、少し表情がほぐれている様に見えた。
凄いなフランさんのお茶は。そんな尊敬の気持ちを持ちながらお茶を飲む。
「・・・あ、あのさ、お前、俺の事、覚えてる、か?」
「え、はい、覚えて、ますよ?」
「そ、そう、なんだ・・・」
「はい」
少年の言葉の意図が良く解らず、首を傾げながら彼を見つめる。
すると彼はお茶の入ったカップを握りしめ、意を決した様に口を開いた。
「お、俺さ、その・・・謝って、許して貰えると、思ってなくてさ・・・ただでも、謝らなきゃって、ずっと、思ってて・・・でも、さっき何でって言われて、ちょっとショックで、その」
少年は視線をキョロキョロさせながら、困った様な表情でそう言った。
ただやっぱり私には、何を謝られる事があったかと、どうしても首を傾げてしまう。
でもそれを問う事は行けないのだろう。だってショックを受けたと言ってるのだから。
申し訳ない。やっぱり私はまだまだ学ぶ事が多い。
「アレ、見て、あの時のお前を見て、自分が情けなくて・・・何を泣き事言ってたんだって、馬鹿じゃねえのかって。でも、でも俺、本当に情けなくて、お前に謝るのも、怖くて・・・!」
少年は少し涙声だ。何が怖かったのか、何を見ての事なのか、色々解らない。
けれど多分彼はきっと勇気を出して、私に話しかけて来たのだろう。
勇気を出さなきゃいけない理由が解らないのが、本当に申し訳ない。
「けど、謝らなきゃって、あんな事、言った事は、無い事にしちゃ、いけないって」
でも、彼は勇気を出したんだ。前に、進んだんだ。なら、良い事、だよね。
頑張ったんだから、それは褒めてあげるべきだ。そう、思う。
「だ、だから、俺は、その、えっ―――――――」
「頑張り、ました」
『グロ―――――が、我慢だ、私・・・!』
少年の事を抱きしめてあげた。闘技場でリズさんが私にしてくれたように。
そしてポンポンと優しく背中を叩き、頑張ったと褒めてあげる。
ただやっぱり何を頑張ったのかを、解ってないのがもどかしい気分だけど。
それでも、褒めてあげたかったんだ。だって彼は自分を変えたんだ。
私が闘技場でやっと自分を手に入れた様に、彼も情けない自分と決別したんだろう。
ならきっと良い事だ。褒められるべき事だ。そして、なによりも。
「泣いて、良いと、思います、よ」
「――――――っ、うぐっ、ごめん、ほんとに、ごめん・・・ありがとう・・・!」
「はい、大丈夫、です。大丈夫、ですよ」
少年が落ち着くまで、そうやって、リズさんの真似をした。
彼女の暖かさと、彼女への感謝を思い出しながら。
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