第203話、教えて貰った

 暫く少年の背中を優しくさすっていると、少しして彼はゆっくり体を起こした。

 なので邪魔しないように手を放し、顔を上げた少年の顔を見る。

 涙をぬぐう彼の目は赤い。けれどさっきよりは良い表情だと思う。

 彼は私の顔をじっと見つめると、不意に笑顔を見せて口を開いた。


「・・・強いよな、お前は」

「はい、強い、ですよ」


 今なら強さにだけは自身がある。そう思いギュッと拳を握って見せた。

 すると彼は何が面白かったのか、プッと噴出して笑い出した。

 笑う所なんてあっただろうかと、思わず首を傾げてしまう。


「スゲーよなぁ、そんな自信満々に言えるんだから」

「そう、ですか?」

「ああ、凄いよ。格好良いなって思う。憧れるよ、お前みたいな奴になりたいなって」


 私としては何でも出来るリーディッドさんや、気遣いの出来るキャスさんの方が凄い。

 闘う事以外の能力は余り無い身としては、周りの方が大体凄く見えて来る。

 今日の手伝いの一つに作物の収穫があったけど、アレだって私には作れないと思うし。


「ありがとう、ござい、ます」


 でも褒めて貰えたのは嬉しい。未熟な自分でも、認めて貰えた気がして。

 だからペコリと頭を下げてお礼を言うと、彼は一瞬困った顔を見せる。

 けれどすぐに笑顔を見せて、脱力した様に溜息を吐いた。


「敵わないな、ほんと。あーもう、思い出すだけで恥ずかしい。俺ここに住んでる限り、一生お前に喧嘩売った事で揶揄われるんだろうなぁ。自業自得だけど勘弁してほしいぜ」

「揶揄われるん、ですか?」

「そりゃーそうだろ。お前みたいな奴に喧嘩売ったんだぜ。二重の意味で頭が悪い」


 彼は何処か投げやりな様子で笑って語るけれど、私のはその意味のどちらも解らなかった。

 揶揄う様な部分が何処かにあっただろうか。それに頭の悪さは人の事を言えないし。


「私も、一生懸命、勉強中、です。頑張り、ましょう」

「っ、くくっ、ああ、そうだな。あーもう、俺本当に何見てたんだろうなぁ」

「?」


 お互い頑張ろうと思い声をかけると、彼はまた愉快気に笑い出した。

 さっきから話しが噛み合ってない気がするけど、元気が出たなら良かったかな。

 なんて思っているとフランさんがやって来て、今日の報酬をカウンターに置いた。


「はーい、仲直りはすんだみたいですねー。という所で今日の報酬ですよー」

「はい、ありがとう、ござい、ます」


 財布を服の中から出して、今日の報酬を大事に詰める。

 魔獣素材の時は手渡しじゃないけど、それ以外の時はこうやって手渡しだ。

 大事に大事に財布に仕舞って、詰め終わった財布を服の中に仕舞う。

 そこで少年は立ち上がり、フランさんに頭を下げた。


「ありがとう、ございました・・・フランさん」

「おやおや少年よ。随分と素直になったようじゃのう。ほっほっほ」

「でも何かムカつくんで次から何時も通り呼び捨てにする」

「何で!? 私良い仕事しましたよね!? ギルマス、この子やっぱり生意気です!」

「オイコラ、そんな事でギルマスに言いつけてんじゃねえよ!」


 わーぎゃーと騒ぎ出す二人を見る周りの目は、とても優しかったと思う。

 私を見つめる目と同じだ。特にギルマスさんの目は、物凄く優しかった。

 彼は騒ぐ二人を宥める事無く、私に近付きポンと手を乗せる。


「ありがとうな、グロリア」

「? 私、何か、しましたか?」

「ああ、したんだ。お前のおかげで、一人のガキがちゃんと前を向いた。多分大人達が何言ったって駄目だったんだろうな。お前が居たから、上手く行った。助かった」

「役に、立てたなら、嬉しい、です」


 そう答えると彼は歯を見せて笑い、ただ「そろそろ帰った方が良いぞ」と言われハッとする。

 室内にはもう明かりの為の蝋燭に火がつけられ、窓から日の光は入っていない。

 まっくらだ。しまった。リズさんを心配させてしまう。早く帰らないと!


「帰り、ます!」

「ああ、気をつけてな」

「はい!」


 慌てて椅子から降りて、ギルドを出て屋敷に向かって走る。暗いけど良く見える。

 ガライドのおかげで暗さは苦にならない。全力で屋敷に向かう。

 そういえばさっきからガライドが何も喋らない。不思議に思い腕の中に目を向ける。


「ガライド、やけに、静かですね?」

『はっ、すまん。ずっと我慢していたせいで、動き出すタイミングを見失っていた』

「何か、我慢してたん、ですか?」

『いや、気にしないでくれ。こちらの事情だ』

「?」


 良く解らないけど、気にするなと言われたのなら、それで多分良いんだろう。

 そうしてすぐに屋敷に付くと、門前にやっぱりリズさんが立っていた。


「お帰りなさいませ、グロリアお嬢様」

「ただいま、帰り、ました。すみません、遅く、なりました」

「いいえ。無事に帰って来られたのであれば良いのですよ。さ、湯あみの準備を致しましょう」

「は、はい」


 何時も通りのリズさんの先導に付いて行き、何時も通りちょっと緊張感がある。

 けれどもう今の私は、この緊張感に気まずさは無い。彼女は私を想ってくれてる人だから。


「・・・リズさん」

「はい、何でしょうか、グロリアお嬢様」

「ありがとう、ございます。リズさんのおかげで、今日、上手く、できました」


 今日うまく出来たのは、彼女の暖かさを知っていたからだ。あの時の彼女を。

 闘技場で私を抱きしめてくれた彼女が居なければ、少年を笑顔には出来なかったと思う。

 そう思い伝えると、彼女は優しい笑みを見せてくれた。


「・・・私などがお役に立ったのであれば何よりです」

「はい、凄く。凄く、助かり、ました」

「ふふっ、こちらこそ、ありがとうございます」

「?」


 なぜ礼を言われたのか解らず、キョトンと首を傾げてしまう。

 おかしいな。私が感謝を伝えていたはずなのに。


『リズは随分と自然に笑う様になったな・・・これもグロリアが齎した変化か』

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