第184話、生き方
「さーて、落ち着いた所で、だ。ちょーっとこっちに来ようか、リーディッド」
「何ですかキャス、引っ張らないで下さい」
「良いから来なさい。あ、グロリアちゃんもおいで―」
「は、はい」
『何だ何だ』
キャスさんが突然リーディッドさんの手を引き、寝室へと移動を始める。
呼ばれたので私もトテトテと付いて行き、後ろにはリズさんも付いて来ていた。
キャスさんはベッドに腰かけ、リーディッドさんは窓際へこしかける。
リズさんは扉を閉めると、その前で動かなくなった。
「一応確認しときたいんだけど・・・リーディッド、わざと毒飲んだよね?」
「はい、そうですね」
「うーわ、悪びれもしないよこの人」
『・・・やはり王子の言った通りではないか』
え、待って、今、何て、言ったの。わざと飲んだ、って言ったよね。
でも王子様が聞いて来た時は、そんな訳ないって否定していたのに。
あれは嘘だった、って事なんだろうか。でも何でそんな嘘を。
「事実ですから。謝意を気持ちで終わらせる気は無いので、繕うつもりは有りませんね」
「一歩間違えたら全員死んでたんですけどー?」
「あの毒は遅効性です。症状が進むと取り返しがつきませんが、中々症状が進みません。グロリアさんの帰還までは生き永らえたでしょう。皆は問題ありません」
「あるでしょーが。グロリアちゃんが治せない毒だったらどうするつもりだったのさ」
「問題ありませんよ。私一人が死ぬだけです」
――――――今、本当に、何て言った。彼女が、一人、死ぬ、だけ?
「リーディッド、本気で言ってるの?」
「ええ。私が死ぬ前にグロリアさんが帰って来さえすれば、第三王子は確実に動きます。そして第三王子が居れば、第四王子も身動きが取れる。後はグロリアさんと協力して皆生還できます」
「そういう問題じゃないでしょ」
「そういう問題ですよ。私の命の使い道はそういう物です。後はあの人が・・・兄が上手くやるでしょうし、いい加減諦めてきっちり領主もするでしょう。仕返しも含めてね」
「・・・あのさぁ、それグロリアちゃんの顔見て言えるの?」
キャスさんに言われて、リーディッドさんが私へ目を向けた。
彼女は私を見て、珍しく解り易い程に驚いた顔を見せる。
二人の様子が何だか不安で、私はずっと扉の傍に立っていた。
だから今まで気が付かなかったのだろう。私が泣いている事に。
彼女が死ぬと、そう言った事が、自分でも驚くぐらいにショックで。
「・・・何で、ですか。何で、そんな事、したん、ですか」
「―――――っ、私は、魔獣領の貴族です。邪魔な相手を潰す好機は、逃しません。これは私の生き方です。たとえその結果貴女を悲しませても、私はまた同じ事をします。ご理解下さい」
「・・・解りま、せん」
「グロリアさん。こればかりは――――」
「解りません!」
思わず叫んでしまった。彼女の言葉の続きを聞きたくなくて、思いっきり遮る様に。
だってそんなの解らない。解りたくない。彼女が死んで問題無いなんて、解る訳がない。
「絶対、嫌です、リーディッドさんが、死ぬなんて、嫌です・・・!」
死んだら何もかもなくなる。その先は無くなる。もう彼女には会えなくなる。
嫌だ。そんなの嫌だ。大好きなこの人に会えなくなるのが嫌で、だから私は頑張った。
この人に迷惑をかけないように必死になった。この人が居たから、私はきっと、私になれた。
大事で、大切で、大好きで、失いたくない人。だから、解る訳、無い。
「私、私は、リーディッドさんが、死んだら、何をするか、解りま、せん」
これは事実だ。だって彼女が死ぬと思っただけで、思考より体が先に動いた。
彼女を助けたい。ただそれだけを考えて、目の前の障害は吹き飛ばした。
けど彼女を助けられなかったら。私はきっと、きっと、自分を抑えられなかった。
「・・・成程、それは、素直に言う事を聞かざるを得ない脅しですね」
「ち、ちがっ―――――」
彼女を脅すつもり何て無い。そう思い何時の間にか俯いていた顔を上げて否定しようとした。
けれどそんな私の口をリズさんが塞ぎ、驚いて彼女を見上げた。
すると彼女の眼はとても鋭く、その目は私ではなくリーディッドさんを射抜いている。
「魔獣領を危険に晒す行為は相応しい行動とは言えませんね、リーディッド様」
「・・・こういう時だけ『お嬢様』を付けないのは狡くありませんか、リズ」
「ひねくれもので自身を悪者にしなければ自分を保てない方には、丁度良いのではないかと」
「辛辣ですねぇ・・・否定はしませんが。まあ確かに私の行動いかんで、グロリアさんが魔獣領で大暴れしてしまうとなれば、それは確かに憂慮すべき事ですね」
え、ち、ちが、魔獣領で、暴れたりなんて、そんなつもりで言った訳じゃ。
でも否定しようにも何故かリズさんは手を外してくれず、無理矢理外す事も出来ない。
下手な事して怪我をさせたくなくて、私は予想外の事にオロオロするしか出来なかった。
『グロリア。リズは『グロリアが悲しむから危険な事はするな』と言っていて、リーディッドは『それなら今度は気を付けるしかない』と言っているだけだ。ただリーディッドに素直に言った所で無駄だと思って、リズはあんな言い方をしているだけに過ぎん。そもそもが、自分を心配させない為に言っていた様にも見えるな。つまりは、もう気にする必要は無い、という事だ』
そ、そう、なの? それなら、良いのだけど。でも本当に、もう大丈夫なんだろうか。
ガライドの説明を聞いてもまだ不安で、そのままの視線を彼女へ向ける。
すると彼女は小さく頭を下げ、静かに口を開いた。その顔は、何時もの、彼女だった。
「申し訳ありませんでした。今後はもう少し気を付けます」
「うむ、宜しい」
「・・・なんでキャスが応えるんですか」
「グロリアちゃんの口が塞がれてるから?」
「ハイハイ・・・」
あれ、何時も通りの、二人だ。ついさっきまでの緊張感が消えている。
そこでリズさんの手が私から離れ、見上げると優しい目が私に向いていた。
ああ、そっか。また助けて貰ったんだ。私には恩人ばかりが増えて行く。
殆ど返せてないのに、また何かをして貰ってばっかりだ。
「因みに真面目な話、勝算はどれぐらいだったの?」
「9割9分といった所でしょうか」
「え、まじで? そんなに高かったの?」
「あの毒を使う時点で、それ以上の強硬策は取れないでしょう。王女殿下も巻き込むとなれば尚の事です。そしてグロリアさんの毒の除去は、普通の回復魔法とは違います」
「そなの?」
「ええ。以前魔獣の毒を浄化した事があったでしょう。普通は無理ですよ、あんな事。あれ単純に『回復』しただけじゃないでしょう。むしろ毒素を消し去った。そう見えましたね」
「はえー・・・」
『いい観察眼をしている。相変らず抜け目ないな』
ああ、そうか。彼女が毒を飲んだのは、助かる確信があったからなのか。
ガライドなら確実に助けられると。そういう事なら、少し納得出来る。
それでも危ない事には変わりないから、二度とやって欲しくはないけれど。
「まあ読み間違いは何時だってありますので、万が一は有ったでしょうけどね」
・・・うん。絶対、二度と、やって欲しくない。間違いで死ぬような事は止めて欲しい。
そんな私の様子に気が付いたのか、彼女は「もうしません」と言ってもう一度謝った。
本当だろうか。私は少し疑いの目を向けてしまう。暫く彼女から離れないでいよう。
「・・・グロリアさんも、そういう顔をする様になったんですねぇ」
『お前のせいだお前の。しみじみ言うな。全く、ひねくれものが』
・・・むうぅ。
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