第185話、我が儘

 色々有ったけれど、結局みんな無事で済んだ。誰も死んでいない。

 使用人さん達も一人も欠けておらす、兵士さん達もみんな元気だ。

 リーディッドさんの手を握り、その手の暖かさに今更その事実を強く実感する。


 後は王女様が目を覚ましたかどうか。それだけが唯一の不安だ。

 リーディッドさんが目を覚まして、ガライドも大丈夫だと言っていた。

 だからきっと問題無いんだろうけど、この目で見るまでどうしても不安で仕方ない。


「あのー、グロリアさん、本当に危ない事はしないので、手を放して貰えませんか?」

「嫌、です」

「・・・そうですか」


 ぷくっと頬を膨らませながら、リーディッドさんの手を握る力を強める。

 勿論怪我なんてさせない様に気を付けて、けれどけして離さない様に。

 手を放して、目を離すと、また危ない目に遭うかもしれない。そんなの嫌だ。


「あはは、諦めなって。自業自得なんだからねー」

『そうだな。キャスの言う通りだ。少なくとも今日はもう諦めておけ』


 けらけらと笑いながらのキャスさんの言葉に、ガライドも少し笑いながら同意する。


「キャスだって危ない事はしていたでしょうに・・・」

「私はちゃんと身の保身はしてたもーん」

「私だってしてましたよ、一応・・・」

「出来てないからこうなってるんでしょ。ねー、グロリアちゃん」


 ねーっと首を傾げながら、反対の手を握るキャスさんに私も同意して頷く。

 死ぬ可能性が有った事をやった。それはやる必要があったのかもしれない。

 けど万が一にでも死んでいた可能性が有るのに、身を守ったとは言えないと思う。


「ですがこのまま手を握られていては、料理が出来ないのですが」

「今日は皆に任せれば―? リズさんだって居る訳だし」

「そう、です」

「グロリアお嬢様の望みとあらば、このリズ、力の限りを尽くしましょう」

「・・・味方が一人も居ませんね」


 はぁ、と溜息を吐くリーディッドさんだけれけど、それは仕方ないと思う。

 だったきっと、皆心配だったんだ。使用人さん達も、兵士さん達も。

 皆彼女の事が好きだから。だからきっと、皆少し怒ってるんだと思う。


 因みに今は、昼食の為に厨房に向かっている。

 毒を盛られた以上信用できないという理由を付けて。

 ただし厨房の人間に罪を問う気は無い、という事は告げているそうだ。


 毒の混入は提供されるまでの道中にある。である以上厨房の人間を責めても仕方ない。

 だが過程で入れられたという事は、また起きる可能性が有るという事だ。

 なら身内の口に入る者は、全て身内で作る。そういう話になった。


「はぁ・・・仕方ありませんか。解りました。今日は大人しくしています」

「うむ、それが良かろう」

「キャスに言われるのだけは、本当に納得いかないんですよねぇ・・・」

「なんのことかーしらー?」


 あっはっはーと笑いながら返すキャスさんに、ジトッとした目を向けるリーディッドさん。

 ガンさんはさっきから苦笑をする程度で、会話に参加していない。

 まだ眠いのかもしれない。やっぱり寝かせてあげてた方が良かったかも。


 お昼はどうするのかとキャスさんが聞きに行くと、寝ぼけた目をこすりながら起きて来た。

 一晩寝てないと普通の人は辛いはずだから、気にせず寝かせてあげたいとは思う。

 思うんだけど、その、目の届く範囲に居てくれると、凄く安心でもある。


 ・・・今日の私は我が儘だ。した方が良い事と、して欲しい事が反している。


 本当はこの手だって、放して良いはずだ。だって目の届く範囲なんだから。

 でも掴んでないととても不安で、何かと理由を付けて握っている。

 二人の手の暖かさが、背筋の冷える様な恐怖を、少しずつ消してくれる気がして。


 私、こんなに怖がりだったんだ。ここまでとは、知らなかった。


『今日のグロリアは何時も以上に可愛いな』


 けれどそんな私を、我が儘な私を、ガライドはクスクスと笑いながらそう言った。

 何故か聞こえていないはずのキャスさんも同じ事を言い、リズさんは静かに頷いている。

 皆の感覚が良く解らない。私絶対我が儘な事をしてると思うんだけどな。

 そんな風に考えていると厨房に到着し、使用人さん達がそれぞれ動き出す。


「さて、では全力で王族の面子を潰しに行きますか」

「あ、絶対他に理由があると思ったけど、やっぱり何かそういう理由が有るんだ」

「客人が毒を盛られた上に信用できないと自ら厨房で料理をするんですよ。完全に面子潰してますし、それを許さざるを得ないっていう事自体が、かなり情けない話ですよ」

『・・・リーディッド。本当に何処までもお前はお前だな・・・』


 クックックと黒い顔で笑うリーディッドさんに、二人共呆れた様子だった。

 ただ何時もの様子だと感じて、私は安心していた。駄目だったかな。

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