第182話、キャスの保険

 二人が騎士さんに連れて行かれるのを、私は呆然と見つめていた。

 状況に付いて行けなくて、ただただ目の前の状況見ているしか出来なかった。

 けれど騒がしい中で背後から「んんっ」っと声が聞こえ、体を動かす音も聞こえた。


 振り向くとリーディッドさんが体を起こしていて、少しボーっとした顔をしている。

 彼女は周囲を見回すとすぐに何時もの顔になり、体の調子を確かめるように動かし始めた。


「・・・体が軽いですね。グロリアさんが助けてくれたんですよね。ありがとうございます」

「あ、え、は、はい」


 彼女は即座に状況を理解したのか、ベッドから降りると私に礼を言って来た、

 慌てて頷くと彼女は第一王子に目を向け、にいっと口角を上げる。


「それで王子殿下、この落とし前はどうつけるつもりですか?」

「あの男はどんな手を使ってでも私が潰す。流石にやり過ぎだ」

「結構。それで手を打ちましょう」

「・・・リーディッド嬢。貴様、わざと毒を飲んだな?」

『わざと・・・まさかコイツ、毒と解っていて飲んだのか。それも回復魔法が利かないらしいという毒を。ならばこの一連の出来事は、半ばリーディッドの予定通りという事ではないか』


 え、そ、そう、なの? でもその割には、物凄く、苦しそうだったけど。

 何も解らなくてオロオロしていると、リーディッドさんは大きな溜息を吐く。


「毒をわざと飲むなんて自殺行為を、私がする訳無いじゃないですか。博打が過ぎますよ」

「博打、か・・・まあ良い、そういう事にしておこう。どちらにせよ悪いのは貴様ではない」

「それは何よりです」


 第一王子様は一瞬私を見てから視線を切り、溜め息を吐いてから去って行った。

 それに満足した彼女はニコッと笑顔を見せ、少し魔力を放ったのを感じる。

 多分探知の類だ。そう思っていると、彼女は奥の扉に目を向けた。


「グロリアさん、多分向こうにキャス達が居ると思うので、もし体調が悪そうだったら回復魔法をかけてあげてくれませんか。同じ毒を飲まされている可能性も有りますので」

『グロリア、二人の体調におかしな所は無い。そう伝えると良い』

「えと、お二人共、大丈夫、らしい、です」

「そうですか。良かった」

『本気で安堵しているな・・・何処まで計算しての行動だったんだ?』


 リーディッドさんは心底安堵した様子で息を吐き、奥の扉に手を伸ばす。

 けれど鍵がかかっているのか扉は開かず、代わりに私が扉を壊した。

 そしてその向こうには縛られたキャスさんとガンさん、後知らない人も転がっていた。


「はー、良かった助かったー。このまま殺されるかと思ったよー」

「いや、ほんと、マジでどうなるかと思った・・・」


 二人は安心した様子で大きく息を吐き、知らない人はまだ少し警戒している様だ。

 ただ私の後ろに居るメルさんを見て、そこでホッと息を吐いた。

 私達はそれぞれ皆の縛りを解き、解放されたキャスさんが「んーっ」と伸びをする。


「リーディッドが抵抗するなって言うから、大丈夫とは思ってたけどさー。流石に今回ばっかりは不安の方が大きかったよ。この埋め合わせはちゃんとして貰うからね」

「はいはい。しっかり眠った様で元気ですね貴女」

「だって寝ておかないと、最後のあがきも出来ないじゃん。ちゃんと体力残しとかないと」

『言っている事は正しいが、だからといって寝れるかは別な気がするが・・・』


 そうなのかな。正しいならやるべきだし、キャスさんの行動は自然な気がする。

 なんて思いつつガンさんに目を向けると、彼はかなり疲れた様子だった。


「ガンさん、大丈夫、ですか?」

「ん、ああ。大丈夫大丈夫。寝てないだけだから。色々不安でな」


 彼はキャスさんと違って寝れなかったらしい。そうか、普通は不安で寝れないのか。

 だからガライドはさっき、キャスさんの言葉に少し否定的だったんだ。

 回復魔法をかけてあげた方が良いのかな。いやでも、寝不足なら普通に寝た方が良いか。

 そんな風に思っていると、ガンさんがキャスさんへ声をかけた。


「キャス、その、大丈夫か?」

「んー、気を遣わなくても私が提案した事だし、大丈夫大丈夫。最悪の場合もっと酷い事になってたんだしさー、保険は必要でしょ? 私相手ならボディチェックも甘いと思ったし」

「まあ、そりゃそうだが・・・」

「流石にこのまま返すのは私でも抵抗あるから、ちょーっとだけ待ってね」

「ああ、その、うん」


 ガンさんはとても気づかわしげな様子で、けれどキャスさんは何時も通りだ。

 一体何の話をしているんだろう。返すとは、何か借りていたのかな。

 保険。この状況をどうにか出来る何かを、キャスさんは持っているんだろうか。


『・・・何となく察したが・・・これはまだグロリアには教えるべきではないか?』


 ガライドは解っている様だったけれど、聞いても教えてくれなかった。

 何だったんだろう。気になるけど、教えて貰えないなら知らない方が良い事なんだろう。

 ただそんな私を見たキャスさんが、ふっと笑みを見せて口を開いた。


「グロリアちゃんも大人の女になったら解るわ。ふふっ」

「ここまで妖艶という言葉が似合わない人もそうそう居ませんね」

「俺は頑張ったと思うぞ、キャス」


 大人、大人になったら、今の会話で解るのかな。

 何だか私には自信がない。けどメルさんは「成程」と言っていた。

 つまり解らないのは私だけらしい。大人って凄いな。

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