第181話、罰を受ける者

 二人に両手を伸ばす。多分植物の魔獣の時と同じなら、そんな事をする必要は無い。

 けれどこの二人を助けるのだと、自分に教える様にぐっと伸ばした。

 そして力を込めた体から、周囲を飲み込む様に赤が渦巻き始める。


「ひっ・・・!」


 背後で悲鳴が聞こえたけれど、そんな物に意識を持っていかれている場合じゃない。

 今は目の前の二人を治す。ただそれだけだ。それ以外の事は考えるな。


「っ・・・!」


 そうして更に力を籠め、紅い光が二人の体にしみ込んでいく。

 助けたい。救いたい。その想いを乗せて、私の命を分ける様に。


「は、ひひっ、馬鹿な小娘! 回復魔法は逆効果よ! もうその二人は助からないわ!!」


 後ろで女性が騒いでいる。助からない? そんな訳がない。

 ガライドが助かるといった。間に合うと言った。

 なら私は他の誰の言葉よりも、ガライドの言葉を信じる。


「ぎっ、がぁ!」


 だからもっとだ。もっともっと、もっと絞り出せ。どれだけ消耗しても構いはしない。

 二人を助けられるなら、後の事なんてどうでも良い。だから、二人を、助けて。

 お願いガライド。二人を助けて。リーディッドさんを、王女様を、助けて。

 強く願い力を籠め、そして頭にガライドの声が響いた。


『・・・よし、もう大丈夫だ。グロリア。二人の毒は除去された』

「―――――ふぅ・・・良かった」


 紅い光を消し、カクンと力が抜ける。けれどしっかりと踏み込み、二人に近付く。

 呼吸はさっきと違って安定している。うん、大丈夫、もう、大丈夫だ。良かった。


「な、そ、そんな訳、こんな事有る訳無いわ! あの毒は回復魔法で治せない毒なのに、何で、何で直っているの! 治るはずがない! 何で、何で!」


 二人の状態を確かめていると、後ろから甲高い叫びが聞こえた。

 顔を向けると、さっきの女性がへたり込みながら王女様を睨んでいる。

 治るはずがないと言われても、見ての通り直っているのだけど。

 そもそもガライドが治ると言った。なら治らないはずがない。


「母上、諦めましょう。もう、我々は、終わりです・・・」

「な、何を言っているの! 後、後少しだったのよ! あの子の仇を取れたのに! あの子があんな目に遭ったのは、幽閉される事になったのは、あの小娘のせいなのに!!」

「・・・母上」


 何の話だろう。仇。誰かの仇。王女様が、彼女の大事な人に、何かをしたのだろうか。

 もし彼女の言う事が本当なら、私はどうするべきなんだろう。

 解らない。私には、知らないこの人より、王女様の方が大事だ。


「・・・あ」


 そう、だ。頭に血が上って、やってしまった。とうとう、やって、しまった。

 人を殺した。何人も、殺してしまった。大事な人を助ける為だったけど、それでも殺した。

 これからどうなるんだろう。怒られるのかな。私が怒られるだけで済むのかな。


 出来れば罰を受けるのは私だけにして欲しい。リーディッドさんは、何も悪くない。

 私が暴れたら彼女に迷惑がかかる。解っていたのに、抑えられなかった。

 彼女が死ぬ。大事な人が死ぬ。殺される。そう思ったら、もう何も、我慢出来なかった。


「・・・メルさん、私、人を、殺して、しまい、ました。罰は、私、だけが、受けます。だから、だからリーディッドさんには、迷惑が、掛からない様に、できませんか」

「グロリア嬢・・・」


 メルさんは偉い人だ。王子様だ。そして優し人だ。だからこれはきっと狡い事をしている。

 この人なら私のお願いを聞いてくれるって、何となく解って頼んでいる。

 けどそれでも私は、彼女に迷惑をかけたくなかった。大好きな人だから。


 でも多分、きっと、私は彼女と会えなくなる。

 それだけが悲しい。罰を受ける事よりも、その事だけが辛い。

 けれどぐっと我慢して、でも頬に何かが伝をの感じる。

 すると彼は無くなった地面を飛び越して、私の前に膝を突いた。


「グロリア嬢、泣く必要は無い。頼む必要も無い。君は何も悪くない」

「で、でも・・・」

「確かに君は人を殺した。だが彼等は彼等で他者を殺そうとしていた。そこの二人も同じ事だ。殺してくる相手は殺して良い、等と言うつもりは無い。それでは地獄の様な世界だ。だが今回の君の行為は咎められる物ではない。何よりそうなる様に、私は君をここまで連れて来た」

「そう、なんです、か?」


 でもここに来たのは、私がお願いしたからだ。ガライドの誘導に従ったからだ。


「君の力なら皆殺しに出来たはずだ。この城の者達を全て。だが君はそうしなかった。冷静に私へ助力を頼み、そして最低限の被害で事を成した。君は罪も無い者に害はなしていない」

『・・・本当に、腹立たしいまでに、グロリアにとって都合の良い男だな、こいつは』


 メルさんの言う事は、多分私は悪くないって、そう言ってくれている。

 本当にそれで良いのかな。本当に許して貰えるのかな。


「ふざけないで! ふざけるな! じゃあ私は! 私の子はどうなるの! 放せ、放しなさいオルベク! あの小娘を、あの子娘だけでも殺してやる!!」

「母上・・・もう、もうお止め下さい・・・せめて正妃として・・・!」

「煩い! 放しなさい! はなせぇええ!!」


 懐から短刀を抜いた女性を、第二王子様が抑えている。

 けれど彼を引きはがそうと女性は暴れ、目に正気が感じられない。

 そこにドタドタと足音が聞こえ、扉がガチャガチャという音と共に開かれた。


「兄上・・・」

「ヴァルナグ! 良い所にきました! 奴らを、こやつらを捕らえなさい! まだ何とかなるわ! この者共さえいなければ、まだ仇は討てる!」


 入って来たのは険しい顔の第一王子様と、その後ろに騎士さん達が続く。

 そんな王子様に女性が叫び、第二王子様は悲しげな表情だ。

 けれど第一王子様は表情を変える事無く静かに口を開いた。


「・・・母と弟を捕らえよ。丁寧に扱え」

「「「「「はっ」」」」」

「な、なぜ、ヴァルナグ! 何を言っているの! ヴァルナグ! ヴァルナグゥゥゥ!!」


 女性は騎士さんに抱えられ、暴れるも全く意味をなさない。

 短刀も取り上げられ、そして第二王子様も騎士さん達に捕まえられている。

 ただ女性と違って彼は抵抗するつもりが無い様だ。


「・・・おさらばです、兄上」

「ああ、さらばだ・・・弟よ」


 そして二人は短い別れの言葉を言い合って、第二王子様は連れて行かれた。

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