閑話、第二王子

「では手はず通りにな」

「はっ」


 指示を出した騎士が部屋を出て行くのを見つめ、予定通りに事が進んだようだと息を吐く。

 これであの女と魔獣領は終わりだ。王女暗殺の罪で魔獣領は取り潰しになる。

 流石にこんな大罪をのらりくらりと躱す事は不可能だろう。


 思わず口角を上げながら部屋を出て、父へとの謁見を望む。

 許可を得て父の部屋へ行き、逆賊共を捕らえた事を伝えた。

 そして処分に関して邪魔をされたくないので、こちらで進めたいという事も。


「やってみよ。やれるならな」

「はっ!」


 父は何時も通りの表情で、つまらない事に返事をする様に返した。

 この人は何時もそうだ。基本的に物事に興味が無いのだ。

 ただ国が回れば良い。だから家が一つ潰れようと、国の存続の為に法を順守する。


「・・・これで、二人・・・いや、三人、か。まったく・・・」


 去り際に、そんな声が聞こえた気がした。

 けれど既に扉は閉じられ、聞き返す事は出来なかった。

 まあ良い。何の事かは解らないが、私に関係ある事ではないだろう。


「オルベク」

「兄上? なぜここに。兄上も父に会いに?」

「・・・まあな。お前もそうか」

「はい。少々ゴミ掃除の相談を」

「・・・そうか。まあ、頑張ると良い・・・俺は俺のやるべき事をやるだけだ」


 兄にはまだ魔獣領の小娘の事は伝えていないが、既に伝わっているのかもしれない。

 ならば父への相談とは、今後の魔獣領の扱いだろうか。

 私の後始末をさせる様で申し訳ない。だが頑張れと、許可を頂いた。


「では、失礼します。兄上」

「・・・ああ。サラバだ・・・サラバだ『弟』よ」


 兄は私に背を向けて告げた言葉は、何故か今生の別れかの様な重みがあった。

 だが兄上は既に歩みを始め、止めるには失礼だと私も行くべき場所に向かう。

 母の離宮へと向かい、自分の名を告げて部屋に入れて貰い、運ばれた二人の様子を見る。

 魔獣領の平民共は更に奥の部屋に押し込んである。下手な情報を弟達に与えない様に。


「・・・まるで眠っている様ですね。本当にこのまま死ぬのですか?」

「ええ。問題無いわ。遅効性の毒だもの。そしてこの毒は、回復魔法が利かない・・・倒れてすぐなら助かるでしょうけど、ここまで深く眠っていたらもう助からないわ」


 扇で口元を隠し、ふふっと嗤う母。その目はどちらかと言うと、妹に向いていた。

 きっとは母は恨んでいるのだろう。息子を消された事を。弟を消された事を。

 私もその気持ちは同じくある。だがそれでも、妹を殺す事に少し戸惑いはあった。


「レディベットの命は、助けないのですか?」

「そんな事をしては、王女暗殺の罪を被せられないでしょう。毒を盛ったのは魔獣領。毒も彼女達の部屋と持ち物から出た。そして犯人質は死亡。後は魔獣領に罪を問うだけ。でしょう?」


 クスクスと笑いながら告げる母の目は、一切笑っていない様に見えた。

 確かに筋は通っている、だがそれは後付けの理由だろう。

 妹を殺す為に、殺して良い理由を付けた。今のはそういう事だ。


 その為にもう後がない第二騎士団の団長に声をかけた。

 私としては上手く行けば儲けもので、失敗しても切り捨てるだけ。

 なんて思いながら母の提案を人づてに伝え、まさかここまで上手く行くとはという感じだ。


「後は二人の死を待つのみですか」

「ええ。少し時間がかかるのが難点ね。絶対に助からない様にこの毒を使ったけれど・・・ここに連れて来たなら即座に殺すべきだったかしら」

「毒に関しては既に報告を上げています。今更死因が別、は不味いかと思われますよ、母上」

「そうね。まあ良いわ。一晩は苦しみもだえるようになるもの。ゆっくり眺めさせて貰うわ」


 愉快気に語り目を細めた母だが、やはりその目は笑っている様に見えなかった。

 因みに妹の治療に関しては、きちんとやっている事になっている。

 それなりに信用のある医者が治療にあたり・・・助けられずに処刑される筋書きだ。

 一応誰が毒を盛ったのか、その辺りの証言や自白は、生きているなら必要だからな。


 母は先に殺しておくつもりだったらしいが、そうすると弟達がおかしいと気が付く。

 特にレヴァレスは目ざとい。死亡から時間がたっていると気が付きかねない。

 なので医者も魔獣領の者共と一緒に詰め込んでいるそうだ。


「ああ、やっと、やっと仇を討てるわよ・・・!」


 だがきっと、母は兎に角妹を殺せればいい。ただそれだけの様だ。

 それでも構いはしない。私の願いが叶い、国の秩序が保たれるのだから。





 そう、思っていた。上手く行くと、思っていた。





 人が消し飛んだ。いや、削り取られた。紅い光に抉られる様に。

 何でもない様に腕を振った少女。まるで相手を人間と思ってない一撃。

 尊厳も何も無い。本当に生きていたのかすら怪しい。そう感じる欠片だけの死体。


 床も壁も天井も、まるで柔らかい菓子かの様に、綺麗にえぐり取られている。

 破壊じゃない。壊したんじゃない。こんな跡形もないものを破壊なんて言わない。

 何だ、この小娘は。古代魔道具使いとはいえ、明らかにおかしい・・・!


「何に手を出したのか、やっと解った顔だな」

「―――――っ」


 息が止まっていた事に、声を掛けられて気が付いた。

 侮蔑の目で私を見下すメルヴェルスの言葉で。


「彼女がその気になれば、この城は一瞬で更地になる。そんな彼女の拠り所に貴様等は手を出したのだ。法だの、権利だの、罪だの、彼女に通用すると何故思った。馬鹿共が。彼女はやっと人間らしく生きる事を許された子供だ。その子供から親を取り上げたら、こうなって当然だ」


 子供、力を持った、子供。法も、理屈も、何も通用しない、圧倒的な暴力。

 今になって私は、何に手を出して、そして出し方をどう間違えたのか理解した。

 だがもう遅い。もう止められない。アレは人知を超えた暴力だ。


「・・・ただの子供を、ただの子供として扱ってやれない貴様等に反吐が出る」


ガクリと崩れ落ちる私に、メルヴェルスは唸る様に吐き捨てた。

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