第175話、二つのお礼

「ふぅ・・・」


 魔獣を食べ終わり一息吐いて、自分の状態を確認する。

 お腹は・・・膨れてないみたいだ。むしろ逆に凄くお腹が空いてる。

 半端に食べてしまったせいだろうか。足りない。もっと。もっと食べろ。

 そんな風に体が訴えている様な気がした。


「足りま、せんね・・・」

『そうだな、全く足りていないな・・・』


 困った。今すぐ倒れる程空腹って訳じゃないけど、この空腹感は辛い。

 おなかもきゅるると鳴っていて、何だかとても切ないかんじだ。

 思わずお腹をさすりながら呟いていると、メルさんがスッと近づいて来た。


「少しじっとしていてくれ」

「はぷっ」


 少し濡れた布で私の口元を、というか顔を優しく撫でて来た。

 屋敷に帰った後リズさんがやるのに少し似ている。

 気持ち良いのでされるがままになり、暫くして布が離された。


「よし、綺麗になった。もう動いて構わない」

「はい」


 手が離れたのを少しだけ名残惜しく感じながら、言われた通り固まるのを止める。

 そこでキョロキョロと周囲を見回すと、何人かの騎士さん達が私を見ていた。

 ただ私と目を合わせると、ビクッとして目を逸らすのは何故だろう。


「一応準備を進めていた食事が出来ているが・・・食べるか?」

「食べて、良いん、ですか?」

「勿論だ。食べられるなら、だが」

「食べられます。いただき、ます」

「そうか、解った」


 彼は私の言葉に頷くと、ふわっと抱えて天幕の方へと戻って行く。

 天幕に入ると折ったままの簡易ベッドに私を座らせ、彼は一人出て行った。

 けれどすぐに戻って来て、彼の手にはいい匂いのする大なべが抱えられている。


「男所帯の調味料も碌に無い、煮炊きしただけの物ですまないが・・・」


 彼はそう言いながら鍋を私の前に置き、器に中身を入れ替えて手渡して来た。

 器の中には小さな野菜が幾つか入っていて、優しい香りを感じる。


「口に合わなかったら、気にせず言ってくれ」

「えと、はい。いただき、ます」


 多分そんな事は無いだろうと思いつつ頷き、ありがたく料理を口にする。

 口に入れて思ったのは、香りと同じく優しい味だという事。

 屋敷や、お城で食べる料理とは違うけど、それでもこの料理はとても美味しい。

 優しい味だ。凄く丁寧に作ってる気がする。胸が暖かい。


「おいしい、です」

「・・・そうか。なら良かった。食べられるなら、全部食べると良い」

「はい。ありがとう、ございます」


 言われた通り、鍋の中身を全て食べるつもりで食事を続ける。

 美味しくて、とても美味しくて、空腹感が無くなって来た。

 鍋を一つ食べ終わる頃には満足していて、はふぅと幸せな吐息が漏れる。


「おいし、かった」

『騎士団の中にも料理が得意な者が居るのかもしれんな。料理が出来ない物が作った雑な物ではなく、手慣れた様子を感じる料理だった。まあ、調味料が無いのか、味付けは素朴だったが』

「はい。でも、おいしかった、です」

『そうか。まあグロリアが満足しているならそれが一番だ』


 ガライドの言う通りとても満足だ。でも多分これは心が満足しているだけだろう。

 食べる前の空腹感を考えると、この程度の量じゃ絶対に足りない。

 それに下処理のすんだ食材だと、もっともっと食べないといけないはずだ。

 いや、今は取り敢えず措いておこう。無い物は無いんだから仕方ない。それよりも。


「メルさん、これを作って、くれた人に、お礼を、言いに行って、良いですか?」

「ああ、解った。行こうか」


 メルさんは私の言葉に頷くと、また私を抱えて天幕を出て行く。

 彼はどうも私を抱えるのが好きなのかもしれない。

 私も別に嫌じゃないので、されるがままになりながら彼に体を預ける。


「おい、少し良いか」

「え? お、おれ、あ、い、いえ、私ですか!?」

「今俺の目の前にはお前しかいない」

「は、はい、そ、そうですね!」


 メルさんに声をかけられた男性は、慌てた様に背筋を伸ばして固まってしまう。

 のんびりと食事をとっていたらしいから、邪魔をしてしまったかもしれない。

 ただ緊張する彼に対し、メルさんが怪訝な表情を向ける。


「・・・俺に食って掛かって来た時の勢いはどうした」

「あ、あれは、その、えっと、気の迷いと言いますか、も、申し訳ありませんでした!」

「謝るな。お前が俺に述べた事に、恥じるべき部分は一切無い。胸を張れ」

「え・・・お、お怒りでは、ないので?」

「なぜ怒る必要が在る。お前はただ少女の命を案じただけだろう。それは当然の事だ」


 ああそうだ。この人、私の心配をしてくれた騎士さんだ。

 私が前に出るのを止める様に、メルさんに食って掛かっていた人だ。

 けれど今の彼は何処かおどおどしていて、あの時とは違う人の様に見える。


「で、では、その、私に何の御用なのでしょう・・・」

「彼女がお前に礼を言いたいそうだ」

「か、彼女が、ですか?」


 騎士さんは意味が解らないという風に首を傾げ、私はその前に降ろされる。

 すると彼は一歩下がって膝を突き、私に目線を合わせて来た。

 困っている様な、怯えている様な、困惑している様な目と、真っ直ぐに合う。


「ありがとうございます。美味しかった、です」

「お、お口に合えば、なにより、です」

「はい。合いました。凄く、優しい味でした。多分、貴方が作った、から、なんですね」

「・・・私が?」

「はい。凄く、優しい人、だから。ありがとう、ございます。心配、してくれて」


 あの時の嬉しさと、料理を食べた時の嬉しさ。両方を彼に告げる。

 私は強い自信が今は有る。それでも人らしく心配されるのはとても嬉しい。

 何よりもこの人は、自分の事をなげうってまで私を助けようとしてくれた。


 その気持ちを、自分の出来る限りで、彼に伝えたかった。


「ふぐっ・・・! もっだいない、おごどば、でず・・・・!」

「ふえっ!?」

『えぇ・・・泣き出したぞコイツ・・・』


 すると何故か彼は突然泣き出し、鼻をずるずるとならしながら応えた。

 わ、私、いけない事したかな。泣かしてしまう様な、酷い事言っちゃったのかな!?

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