第176話、初めての現場補給

 あの後何故かボロボロに泣きだした騎士さんを宥め、天幕へと戻った。

 まだ少し泣いていた気がするけど、ガライドもメルさんも気にするなと言う。

 本当に気にしなくて良いのかな。私が変な事を言って泣かせたんじゃないのかな。


 そんな不安を抱えながらポスっと座り、ガライドをきゅっと抱きしめる。


「私、本当に、悪い事、言ってませんか?」

『気にするな。君は何もおかしな事はしてない。アレは単純にあの男が何かを抱えていただけに過ぎん。それに悪い意味では無さそうだ。だから大丈夫だ』

「そう、ですか・・・」


 ガライドが言うのであれば、きっとそれは正しいのだろう。

 それでも少し不安で、ガライドをさらに強く抱きしめた。

 メルさんはここには居ない。少し泣いた彼と話して来ると出て行ったから。


『さて・・・グロリア、空腹感は有るか?』

「あ、そう、でした」


 泣いた彼の事で慌てていて、その事を完全に忘れていた。

 言われてお腹をさすってみると、特に空腹感はない様に思う。

 とはいえそれは、多分あの料理を食べたからだろう。アレは美味しかった。


 味付けは余りされていなかったけど、それでもとても丁寧で優しい味。

 あの料理を食べてしまえば、どれだけ空腹でも心が満足して解らなくなってしまう。


『となると・・・やはり、アレを使うしかないか』

「補給薬、ですよね?」

『ああ。出来れば使いたくは無かったんだが、そうも言っていられんだろうな。多少魔獣を食べた事で少しは余裕があるが、現状は消耗の方が激しい。いざという時に備えて、先に補給をしておく方が得策だろう。いざという時など、無い方が良いがな』

「そう、ですね」


 悪い事は無い方が良い。そしてその時すぐ動ける方が良い。

 あの薬は私のお腹を満たしてくれるけど、どうしても回復までに少し時間がかかる。

 一回凄く体が怠くなるし、それを直す為に回復魔法を撃ち込まないといけないし。


 その間に何かがあっても、私は対処が出来ない事になる。

 事前にお腹を膨らませておくのが一番安全だ。


「じゃあ、ガライド、一つ、下さい」

『・・・ああ』


 ガライドにお願いすると、ガキンと音が鳴って腕が折れた。

 そして中から瓶が一つ差し出され、折れていない手で受け取る。

 直ぐに折れた腕は元に戻り、戻った手で瓶のふたを開けた。


『・・・本当は、頼りたくは、無かったのだがな』

「ガライド。心配、しないで、下さい。大丈夫、です」

『・・・君の体質と現状から致し方ない、と納得するようにはしている。だが心配をするなという言葉には頷けない。私はどうあっても、君への心配を止める気は無い』

「そう、ですか・・・ありがとう、ございます」

『礼は不要だ。これは私の勝手な矜持だ』


 ガライドはそう言うけれど、ならそれこそ私は彼に礼を言い続けたい。

 私の身を案じてくれて、私の力になってくれて、我が儘も許してくれる。

 彼への感謝を私は当たり前にしたくない。ずっと、ちゃんと、お礼を言い続けたい。


「それでも、ありがとう、ございます」

『そうか・・・ああ、解った』


 ガライドの声が優しくなったのを感じ、自分も笑顔になるのが解った。


「じゃあ、飲み、ますね」

『ああ、ただもし君が自分で対処できない時は、こっちで対処を行う。前回君が意識せずにした行動は、現状唯一の対処方法だ。あの時の観測データは残っている。こちらで対処可能だ』

「はい。よろしく、おねがい、します」


 どうやら自分で回復できなくても、ガライドが何とかしてくれるらしい。

 頼りになる言葉だけど、出来るだけ自分で何とかする様にしよう。

 そう決めてぐっと瓶の中身を飲み干し、前回と同じ様に体が熱くなるのを感じる。


「ぎ・・・がぁ・・・!」

『・・・グロリア、行けるか?』

「ぐっ・・・ぐぅ・・・だい、じょうぶ、です・・・!」


 右腕が光る。紅く、紅く、もっと紅く。自分に叩き込むならばもっとと言う様に。

 そして本能のままに光る腕を自分に叩き込み、ずどんと凄い音が鳴った気がした。

 

・・・お腹が痛い。ちょっと、力を、入れ過ぎた。痛みで手が震える。

 けど回復の魔法の効果なのか、痛みが凄い勢いで引いて行く。

 同時に上がっていた熱も引いて行き、体が段々楽になって来た。


「・・・痛かった、です」

『凄い音が鳴ったな・・・流石のグロリアも、自分の打撃は痛いんだな・・・』

「みたい、です」


 もう痛くは無くなったけど、何となくお腹をさすってしまう。

 後やっぱり体が少し怠い。お腹はいっぱいだけどだるさが残る。

 これはもう仕方ないのかもしれない。あの薬はきっとそういう物なんだろう。


「グロリア嬢! 無事か!?」


 そこでメルさんが慌てて入って来て、思わずキョトンと首を傾げる。

 だって彼が慌てる様な事は何も無かったと思う。魔獣が現れた訳でもないし。

 すると彼はそんな私を見つめてから周囲を見回し、そして私に視線を戻して困った顔になった。


「凄い音がなったのだが・・・それに紅く光っていたから、魔道具を使ったのではないのか?」

「あ、はい。使い、ました。すみません、驚かせて」


 私が自分のお腹を殴った音で、彼を驚かせてしまったらしい。

 慌てて謝ると、彼はフゥッと息を吐いてから口を開いた。


「無事なら良い。ただ一体何が・・・いや、聞かせられないのであれば言わなくて良い」

「えと・・・ガライド、どう、しましょう」

『そうだな・・・回復魔法を自分に叩き込んだ事実だけは伝えておくと良い』

「わかり、ました」


 ガライドの指示に従い、自分に回復を叩き込んだ事を彼に伝える。

 その際に力を入れ過ぎて、大きな音を出した事も含めて。


「なるほど・・・痛くは、無いのか? 痕になっていたりは・・・」

「多分、大丈夫、です。見ますか?」

「いや、問題無いのであれば止めておこう。それはリーディッド嬢に殺されかねん」

『その前に私が許すか』


 ・・・それぐらいでリーディッドさんが彼に手を上げるとは思えないけど。

 でもガライドも駄目って言ってるし止めておこう。肌もあんまり見せない方が良いんだっけ?

 何が駄目なのか、未だに良く解らないけど、そういう感じらしいし。

 でもお医者さんには見せるんだよね。ならやっぱり良い気がするんだけどなぁ。


「あっ、と・・・」

「っ、大丈夫か!?」

「ご、ごめん、なさい、ちょっと、力が抜けて」


 薬の影響か、少しふらついてしまった。倒れる程ではないけれど、彼が支えてくれた。

 すると彼はそんな私を抱え、ベッドへと運んで寝かせる。


「・・・言えない事情が何か有るのだろう。深く聞きはしない。だがそのかわり、ちゃんと休んでおくんだ。君は強く、きっと大丈夫なのだろうが・・・それでも休むべき時は休め」

「・・・はい、わかり、ました」


 とても強い目でメルさんに言われ、ポヤッとした頭で頷く。

 すると彼は何時もの優しい笑みを見せ、私の頭を優しく撫でた。

 大きい手は、相変わらず優しくて、心地よかった。

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