第162話、登録
私が出たいとしっかりと告げると、お爺さんは目を瞑って考える様子を見せた。
少しドキドキしながら待っていると、目を開き真剣な表情を私に向ける。
「なあ嬢ちゃん。四肢が無くなるってのは、生半可な苦痛じゃないんだぜ。死ぬ覚悟なんて言葉で言うのは簡単だが、死んじまったら全部終わりなんだぜ。それでも、良いのか?」
「手足が、無くなる感覚は、知って、ます」
「・・・なに?」
「私の手足は、もう無い、です。目も、無い、です。死の恐怖は、何度も、知って、ます」
「っ、まさか・・・その手足も魔道具か!?」
「あ、えっと、はい」
そういえば闘技場では靴下も手袋も無事だったから、お爺さんには見せていなかった。
お爺さんは私の手足が有ると思っていたらしい。けど既に無いのだから気にする必要は無い。
死の恐怖も何度も味わっている。食べられない期間が長かった時が一番危なかった。
何て以前の事を思い出していると、お爺さんはギロリとリーディッドさんに目を向けた。
「・・・おい、アンタ名前は?」
「リーディッドと申します」
「そうかい。なあリーディッド。嬢ちゃんを、魔道具使いを、古代魔道具使いを闘技場に出す。その意味が解って出させるんだろうな。嬢ちゃんもその意味を理解しているんだろうな」
「グロリアさんは理解しておられないでしょうね」
「ああ? おい小娘、ふざけてんじゃ―――――」
「グロリアさんが望んだ。それ以上に優先する理由が有りますか?」
お爺さんは一瞬険しい顔で声を荒げるも、酷く冷たい声のリーディッドさんに遮られた。
むしろ驚いて仰け反っていて、彼女の迫力に呑まれている様に見える。
「後の些事は我々が対処するだけの話です。それともその程度の事が出来ないのに、彼女を誘ったと言うのですか。それこそふざけるなよジジイ。人に凄む前に自分の仕事を考えろ。てめえが考えるべきは、この件を引き受けられるのかどうかだ。今試されてるのは自分だと自覚しろ」
『・・・今日は随分と攻撃的だな。相手に合わせている、といった所か?』
前に一度だけ見た、何時もの怖さとは少し違う怖さのリーディッドさん。
丁寧な口調じゃなくて、荒々しい言葉遣いでお爺さんを睨みつける。
お爺さんはそんな彼女の変貌に一瞬固まり、けれど溜息を吐くと頭を掻きながら口を開いた。
「焼きが回ったな。小娘の迫力に呑まれるとは。ああ、そうだ。確かにお前の言う通りだ。この嬢ちゃんを最初に誘ったのは俺で、嬢ちゃんには誘いに乗れる条件がある。なら後の細々とした事は俺やお前さんがやる事だ。嬢ちゃんに負担をかける様な事じゃねぇ」
「解って下さったなら何よりです」
二人はフッと笑みを向け合い、解り合った様子を見せている。
問題は私には何も解っていないという事だ。
いや、解っている事もある。私が闘技場に出ると面倒をかけるらしいと。
「・・・私が、でると、迷惑が、かかり、ますか?」
「んなこた無えよ」
「ええ、そんな事はありませんね」
二人とも否定で返して来るけど、それだとさっきの発言が合わない様な。
本当に良いのだろうか。また優しく気遣われてるだけじゃないんだろうか。
『グロリア。案ずるな。君の望みを二人は叶えると言っている。望めば届く願いを諦めるのは子供のやる事ではない。そして万が一誰が敵に回ろうとも・・・君には私が居る』
「・・・ガライド」
不安になっているとガライドが行けと言ってくれた。優しく背中を押してくれた。
何よりもずっと一緒に居てくれるという言葉が、私の不安の理由を良く見抜いている。
そうだ。今の私は怖がりだ。下手な事をしたら皆に嫌われないかと思い始めている。
以前なら全然考えなかった不安も、最近は良く抱えるようになってしまった。
けれどガライドが背中を押してくれる。ならきっと、それで良い。ガライドだから良い。
「なら、出させて、下さい。お願い、します」
きっと私に出来る事は、何処まで行っても戦う事だけだ。それでしか生きられないんだ。
なら人に喜ばれる戦いをしたい。皆が認めてくれる戦いをしたい。
私がこの国で生きて行けると、証明できる場所で戦いたい。
「なら話は決まりだ。嬢ちゃんを特別リーグに登録する様に手続きをしておく。跡の細々とした話はリーディッドとするし、嬢ちゃんは試合で活躍する事だけを考えれば良い」
「ええ。グロリアさんは気にせず戦って下さい。この国の闘士として」
「はい。ありがとう、ございます」
この国の闘士。そう、この国の、闘士に、なるんだ。皆の居る国の闘士に。
それが嬉しい。凄く、凄く凄く嬉しい。皆と同じ様に慣れた気がして。
「グロリアちゃん嬉しそーだねー」
「俺としてはあんまり危ない事して欲しくねーんだけどなぁ・・・」
キャスさんは単純に私が嬉しい事を喜んでくれたけど、ガンさんは心配そうな様子だ。
優しい人だから、私が怪我をする心配をしているんだろう。それかまた倒れないかと。
勿論そうならない様に、試合には万全で臨もう。いっぱいいっぱい食べて行こう。
「じゃあついでに、そこのガンの登録もお願いします」
「は!?」
リーディッドさんの唐突な言葉にガンさんが驚き、私も驚いて彼女を見る。
けれど意に介した様子はなく、お爺さんは方眉を上げながら聞いていた。
「その兄ちゃん・・・戦えんのか?」
「ええ、こう見えてかなりの使い手ですよ」
「・・・そうは見えねぇけどなぁ」
「魔道具使いをぱっと見で判断しない方が良い、といういい例になります」
「・・・解った、登録しておこう」
「いやいやいや! 本人の意志は!? 何で!? 何で俺まで出る事になってんの!?」
その後ガンさんは出ないと言い続けたけれど、最終的には登録する事になった。
リーディッドさんに耳元で囁かれて黙ったからだけど・・・何を言われたんだろう。
ガライドは教えてくれないし、聞かない方が良いのかな。
「どんまーい、ガーン。がんばれー?」
「キャス、お前自分に被害が及ばないからって気楽な事を・・・!」
ほ、本当に、大丈夫、なのかな。嫌なら出なくて、良いと思うん、だけど・・・。
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