第152話、闘技場

「っ・・・! すまない、何か、不快にさせたか?」

「・・・え?」


 メルさんが突然謝って来て、どうしたのだろうと慌てて顔を上げる。

 あれ、顔を上げる? 私はさっきまで顔を上げていたはずなのに。

 何時の間にか俯いていて、何より、何でこんなに、強く拳を握っているのだろう。


「え、ええと、私・・・あれ?」


 自分の状態が解らなくて、呆けた頭で首を傾げる。

 メルさんは少し困った表情で、リズさんは何故か痛ましそうな顔で私を見ていた。


『・・・先の一瞬、グロリアの体が戦闘の時と同じ状態になっていた。魔獣と戦う時とな。奴はその気配を感じ取り、グロリアを怒らせたと思ったのだろう。中々勘の良い男だ』

「戦闘と、同じ・・・」


 という事はもしかして、前に傭兵ギルドで暴れかけた時と同じ状態になってたんだろうか。

 けど今回は闘う相手が居た訳でも、誰かを傷付ける人が居た訳でもないのに。

 何でそんな事になったんだろう。確か闘技場の話をしていて・・・。


「・・・闘技・・・場」


 闘技場の事を考え、無意識に言葉が出て、そして拳に力が入るのが今度は解る。

 何故だろう。闘技場が在ると思うと、血が熱くなる様な感覚を覚える。

 これは何だろうか。どういう気分なんだろうか。上手く理解出来ない。


 ただ解る事は、別に楽しい訳ではない、という事だけだ。


 私は体を動かすのが好きなんだと思う。戦う技術を磨くのは好きなんだと思う。

 だって兵士さんやメルさんとの手合わせが楽しいのだから。

 けれど戦いその物が楽しいかと言われたら、特に楽しいものとは思えない。


 魔獣を倒すのは生きる為だ。古代魔道具と戦ったのは皆を守る為だ。

 主人と戦ったのは、死なない為だ。戦いは殺し合いだ。闘技場は殺し合いの場だ。

 だからそこに立つという事は、生きる為に誰かを殺す戦いをするという事。


 それは必要だからやっていただけで、楽しいと思った事は無い。

 求められていたからやっていただけで、自分がやりたい事じゃない。

 勝たないと食べられない。生きられない。死にたくない。だから勝って食べる。


「―――――誰に、勝てば、良いんですか?」


 闘技場へ行くなら、私は闘う事になるんだろう。なら勝たないと。勝って食べないと。

 そうしないと私は生きられない。勝って、勝って、勝って、勝って、勝ち続ける。


『グロリア、落ち着くんだ。この男の言っている事はそうじゃない』

「グロリアお嬢様。良いんです、戦わなくて。良いんですよ・・・」


 ただそんな私にガライドが声をかけ、同時にリズさんが膝をついて顔を目線を合わせる。

 彼女はとても悲しげな顔で、けれど一度目を瞑ると何時もの表情に戻った。

 そして拳を握り込む私の手を取り、両手で優しく包んで続ける。


「お嬢様が戦う事を大事にしている事は存じています。貴方が生きて行く為には戦わなければいけない事も理解しております。ですが、その様な顔で戦う必要はありません。貴女は貴女の為にだけ闘って良いんです。戦わなければいけないと、そんな風に思わないで下さい」

「リズ・・・さん・・・」


 リズさんは何時もの様に綺麗な顔で、けれどその手はとても優しくて暖かい。

 ううん、何時もこの人は優しいし、温かい人だとは思う。

 ただちょっと固くて厳しい所が有るから、時々苦手なだけで。


 いや、えっと、そうじゃなくて・・・うん、少し、落ち着こう。


 闘技場と言われ、行くのかと問われ、私が戦うとばかり思っていた。

 けれどどうも違うらしい。少なくともリズさんは私が戦う事を望んでいない。

 そう思うと気持ちがとても落ち着いて来た。きっとガライドも同じ思いで止めたのだろう。


 そしてガライドは、メルさんもそんなつもりじゃない、と言っていた。


「・・・闘わなくて、良いん、ですか?」

「グロリア嬢が望まぬのであれば必要は無い。君なら興味があるかと思っての発言なのだから」


 ああ、やっぱりそうなのか。ガライドはメルさんの事を良く解っているんだな。

 認めたくないと言いながらも補足してくれたし、実は案外嫌いじゃないのかも。

 でも、そうか、なら、良かった。もうあの生活は、したくない。


「・・・そうか、君にとって闘技場は、好ましい場ではなかったのだな。すまない」

「え、あ、だ、大丈夫、です、謝らなくて、気にしないで、下さい」


 ホッと息を吐いた私を気にしたのか、メルさんが謝って来た。

 慌てて返すも彼は眉を下げて目を逸らし、悩む様に視線を動かしている。

 別に彼は何も悪くないのに。私がただ勘違いしただけなのに。


 ああでも、ただ彼が見に行かないかと言ってくれただけなら、行っても良いのかもしれない。

 それにあの頃の生活が嫌だと思っていても、私に出来る事は闘う事だけだ。

 なら同じ生活にいつか戻るかも知れない。闘技場で戦う事でしか生きられない毎日に。なら。


「メル、さん。連れて行って、下さい。闘技場に。お願い、します」

「・・・大丈夫、なのか?」

「はい」


 一度見に行こう。この国の闘技場を。私が行き抜く必要のある場所を。

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