第151話、お詫び

「あのー、私個人行動しても宜しいでしょうか。流石に退屈でーっす」


 あの後少し休憩してから、またメルさんとの手合わせを続けていた。

 ただそれを見ていたキャスさんが手を上げ・・・転がりながら手を上げてそう言った。

 ドレスで床に転がるのは、多分良くないと思うんだけど、彼女は気にして無さそう。

 そこに少し困った表情のレヴァレスさんが口を開く。


「うーん、昨日の事もあるし、流石に君を一人で行かせるのは怖いな。私が付いて行こう」

「お兄様がですか? 逆に不安なのですが」

「酷いな妹よ。兄の事を信じられないというのか?」

「全く」


 王女様はジトッとした目を向け、それでもレヴァレスさんの笑顔は崩れない。

 はっはっはと笑ってからキャスさんに目を向け、彼女へと手を差し出す。


「ではお手をどうぞ、レディ」

「あらこれはご丁寧にどうも」


 恭しく手を差し出した彼の手を取って立ち上がるキャスさん。

 ただしキャスさんは何時もの調子でぴょんと跳ね起き、何だか凄くちぐはぐに見えた。

 よく考えると彼女は、マナーの勉強したのに殆ど実戦していない様な・・・。


 あ、でも食事の時はしてた。ちゃんとやってた。むしろガンさんの方が駄目だった。

 私は途中までは気を付けてたけど、食事が美味しくなってからは自信が無い。

 最初の内は良いんだけどなぁ。気が付くと食べる事に夢中になってしまう。


「・・・キャス様、宜しいのですか?」

「んー、まあ、彼は大丈夫じゃないかな。多分。危険察知に優れてるみたいだし。少なくともあの、えーっと・・・二番目のお兄さんよりは?」

「・・・確かに、それはそうですが」

『アレは確かに、危険物を前にしている自覚は無さそうだったな・・・』


 王女様は少し納得いかない様子で、けれど反論は無いらしい。

 ガライドも同じ様にしているから、多分間違ってはいないのだろう。

 キャスさんはそんな王女様の頭を撫でて、リーディッドさんへと顔を向ける。


「それじゃリーディッド、また後でねー」

「今日は面倒を起こさないで下さいよ」

「へいへーい」

「・・・まったく」


 キャスさんは何時もの調子で返事をして去って行き、リーディドさんは溜息を吐く。

 それに王女様が苦笑で返し、ガンさんも少し呆れた表情で見送っていた。


「それでは私も部屋に戻らせて頂きますね」

「えっ、グロリア様を置いて行かれるのですか?」

「ここならば王子殿下も居ますし、リズも付いていますから。終われば王子殿下方にでも誘われない限り、彼女は部屋に戻るでしょう。私が付いている必要は無いかと」

「そうですか・・・貴女がそう仰るのであれば、それで構いませんが・・・」


 王女様は少し戸惑いつつも、リーディッドさんが去るのを見送る。

 そうして残ったのはガンさんと王女様。そういえばガンさんは鍛錬に参加しないのかな。


「あー・・・じゃあその、俺も部屋に戻ろうかな・・・」

「ガン様は何かご予定が?」

「え、いや、予定は、特には・・・」

「そうですか、ではご一緒にお茶でも如何ですか?」

「え、い、いや、えっと」

「・・・ご予定は、ないのです、よね?」


 王女様は胸元で両手を握りしめながら、コテンと首を傾げてガンさんを見上げる。

 すると「うっ」と詰まってしまい、そのまま了承を得られて何処かに去って行く。

 つまり最終的に、鍛練場に残ったのはリズさんだけで、皆どこかに行ってしまった。


 勿論私の相手をしていたメルさんは居るし、騎士さん達もいっぱい居る。

 ただちょっと置いて行かれた気がして、少しだけ寂しい気持ちで休憩してたりする。


「グロリアお嬢様、お水のおかわりは如何ですか?」

「あ、ありがとう、ございます、リズさん」


 水を受け取ってクピクピ飲んで、ぷはっと息を吐く。汗はかいていないけど美味しい。

 運動後の水は体に染み渡る様な気がする。何となくそんな気がするだけだけど。

 こうやって水を自由に飲めるだけで、私は幸せだなと思う。


「すまないな。俺の我が儘に突き合わせたせいで、皆に置いて行かれた様だな」

「いえ、気にしないで、下さい。好きで、付き合った事、ですから」

「そうか、ありがとう」


 メルさんは私が少し寂しそうにしている事に気が付いたのか、申し訳なさそうだ。

 けれど別に彼が悪い訳じゃない。彼との鍛錬は私にも学ぶ事が沢山あった。


 彼の戦い方は、技量は勿論あるけれど、力の強さによるところが大きい気がする。

 兵士さんの時の様な先を読まれている感覚じゃなく、見てから対応されている感覚だ。

 加減無しならむしろ彼の方が対応しやすいけれど、加減を考えると中々難しい。


 下手に速度に追いつくと強く打ち過ぎるし、けれど力を抜きすぎると打ち込めない。

 つまり私も力の込め方よりも、技術で彼の隙をつく必要が在った。

 勿論力加減が完璧なら力で押し切る事も出来るとは思うけど、それはやっぱり怖い。


 なるべく彼に大怪我をさせない様に、気を付けて、気を付けて、一撃を狙う。

 勿論常に前に出てなのは変わらないけど、それでもなかなか難しかった。

 新しい手加減の技術の勉強をしている様で夢中になっていたと思う。

 何より彼は何時までもやらせてくれるから、むしろ私が彼に甘えた様なものだ。


「お詫びに君の案内には俺が付こう。今日一日、本来は休みだ。希望があればどこにでも連れて行くぞ。王族にしか入れない所も、グロリア嬢なら構わんだろう」


 なのに何故か彼はそんな事を言い出し、本当に良いのかなと思いつつ見上げる。

 すると彼は優しい笑顔で頭を撫でて来て、何となくそのままされるがままになってしまう。

 一瞬視界の端にリズさんの悔しそうな表情が見えた気がした。二度見したら消えてたけど。


「何か希望はないか? 何なら城の外でも構わないぞ」

「城の、そと、ですか・・・」


 別に行きたい所はないし、城の外にも特に興味はない。

 でもせっかくの好意で言われているし、何かないかと頭を捻る。


「ああそうだ、闘技場に行ってみるか? グロリア嬢は、闘士なのだから」

「とう、ぎ、じょう・・・?」


 そういえば、この国にもあると、リーディッドさんが言っていた気が、する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る