第150話、求めるべきもの

「かはっ!?」

「あっ」


 打撃が綺麗に胸に入り、動けなくなるメルさん。ちょっと強めに打ち過ぎただろうか。

 けれど彼は蹲る事も無く、槍を手放す事も無く、ニヤッと笑顔を向けた。

 そしてふぅーっと深く息を吐くと、構えずにすっと立った。


「効いた。二撃目が在れば、死んでいたな。いや、一撃目も本気であれば死んでいるか」

「それは・・・多分、そうです、ね」


 メルさんはとても頑丈だという事が、手合わせをしている内に良く解った。

 この人はとっても技量があるけれど、同じぐらい体も強い。

 だから少し強めに打っても大丈夫な安心感がある。


 とはいえやっぱり手加減しないと、多分胴体に穴が開いていただろう。

 いや、穴で済めば良い。周辺もろともぐちゃッと潰れるかも。

 そう思い素直に返すと、メルさんは心底楽し気な笑顔で大笑いをし出した。


「あっはっはっはっは!」

「・・・メル、さん?」

「くくっ、いや、すまない。余りに嬉しくて、余りに楽しくてな・・・高いな。頂が欠片も見えぬ程に。だからこそ眩しく美しい。君に出会えた事は俺にとって最大の幸福だ」

「そう、ですか・・・なら、えっと、嬉しい、です」


 何故か「可愛い」と思ってしまった笑顔で、メルさんは私にお礼を告げて来た。

 大人の男性に可愛いは誉め言葉じゃないはずなので、ちょっと失礼な思考だったかも。

 でも何故かそう思った。そして彼の嬉しそうな様子に、私も釣られて笑顔で返していた。


 そこでぱちぱちと手を叩くとが聞こえ、目を向けると第一王子様がならしていた。

 ええと、褒めて貰えてる、って事で良いんだよね、アレは。

 少し首を傾げながら見返していると、彼は小さな溜息を吐いて近付いて来る。


「想定以上だ。魔道具の力無しでここまで動けるとはな。妹が手放しに賛美するのも良く解る。弟がお前に惚れる理由もな。ただそれだけに惜しい」

「・・・惜しい、ですか?」

「ああ。世の中は実力だけを見る者は少ない。むしろ実力はあっても地位が無い者を軽んじる。お前の立場は所詮食客。それも魔獣領という地位や権力とは遠い場所の食客だ。お前の力を正当に評価する者は貴族には少ないだろうし、お前の扱いを違えない者も少ないだろう」

『・・・そうだな。戦う力が在る者に、地位を持つ者が命じるのが世の常だからな』


 第一王子様の言葉は少し難しく、けれどガライドは納得の言葉を返す。

 ただその声音は不服な様子で、私はただ首を傾げてしまう。だって・・・。


「・・・別に、私は、評価は、要らないです」


 難しい事は解らない。けれど多分彼の言う事は、偉い人から評価されないという事だろう。

 別に偉い人に評価されなくたって構わない。私は私の好きな人達が傍に居れば良い。

 恩人に恩を返して、大好きな人達を守って、皆が笑ってくれていればそれで十分だ。


 地位とか、評価とか、知らない人の言葉なんて、私はどうでも良い。

 私の事をどれだけ軽く見られた所で、気になる事は何も無い。


「その結果、周囲に害を及ぼしてもか?」

「・・・周囲、に?」

「覚えが無い訳ではないだろう。王家に抗議文も届いている。お前を狙った、お前を軽んじた、それ故の襲撃が有ったとな。結果は大事なく終わったが、次もそうとは限らんだろう。それはお前が自らの地位を求めぬ限り、永遠に周囲へ降りかかる災害だぞ」

「―――――っ」

『貴様、あれをグロリアのせいにするつもりか! そんなものは貴様等の都合だろうが!!』


 私が地位を求めない限り、周りの人に迷惑がかかる?

 そう、なんだろうか。解らない。解らないけど、彼の言っている襲撃はあった。

 私を狙った襲撃。そしてあの人達は、私の友達を殺す事に何の戸惑いも無かったと思う。


 見つかるから。目立つから。捕まるから。だから私が一人になるまでやらなかっただけ。

 何よりも古代魔道具使いの女性は、全てを巻き添えにして攻撃を放って来た。

 あの時ガライドが居なければ、きっと、皆、死んでいた。


 ガライドは王子様の言葉に怒るけど、きっと彼の言っている事は間違ってないんだろう。

 勿論ガライドの言う事も間違ってないと思う。悪いのは、悪い事をしようとした人だ。

 けれど私が対処をしない限り、また同じ事が起こるなら・・・それは無視出来ない。


「・・・私が、どうなれば、迷惑をかけずに、済みますか?」

「今言っただろう。簡単な話だ。地位を求めれば良いだけだ。お前が古代魔道具使いとして、そしてこの王国の者として、相応の地位に着けば良いだけだ。勿論陰口をたたく連中は出て来るだろうが、お前に下手な真似をする連中は相当に減るだろう」

『どうせそう言っておきながら、また妾になれと言うつもりだろうが・・・!』


 妾。そういえばそんな事を言っていたっけ。妾になれば、皆に迷惑をかけずに済むのかな。

 リーディッドさん達に迷惑をかける事も、友達が危ない目に遭う事も無いのかな。

 もしみんなが安全に暮らせるなら、それなら私は、彼の提案を受けるべきなのかも。


「―――――たわけた事をぬかすな、兄上」

「・・・める、さん?」


 ただそこで、メルさんの冷たい声が響いた。見上げると鋭い目が第一王子様に向いている。

 そして彼は私を優しく抱え、第一王子様から遠ざけた。


「・・・何だと、メルヴェルス。今俺の事をたわけと言ったか?」

「訂正はせんぞ。グロリア嬢が高い地位に居なければ周囲に迷惑がかかる? そんなもの、馬鹿な連中を抑えられぬ王族の責だろう。治安維持は王侯貴族の仕事だろう。責任転嫁も甚だしい」

「だが彼女が対策をすれば全て片付くのも事実だ」

「自らの力量不足を少女に押し付けるな。彼女は貴族でも何でもない。彼女が欲しければ彼女が望む報酬を提示して見せるのが筋だ。周囲を人質に取って脅す時点で兄上も連中と変わらん」

「メルヴェルス・・・貴様、何を言っているのか解っているのか」

「俺は兄が愚行を侵そうとしているのを止めているだけだ」

『・・・褒めるべきなのだろうが、どうしてもこの男を素直に褒める気になれん』


 そこで言葉は途切れ、二人は鋭い目で睨みあう。空気が重い。私のせいだろうか。

 私の考えが足りないから、兄弟で喧嘩になってしまったのだろうか。

 ガライドはメルさん側の様だけど、私はまだ情報を処理しきれていない。

 思わず少しオロオロしていると、ふっと第一王子様が笑みを見せた。


「確かに愚行か。ああ、確かにこれでは脅しだな。あちらでリーディッド嬢が睨みを利かせている以上、踏み込んでは痛い目を見るのは俺か。礼を言うぞ、メルヴェルス」

「・・・必要無い。俺は彼女の為を想っただけの事」

「はっ、そうか、くくっ。まあ良いさ。いや、それが良い。俺が駄目でもお前がやれるならそれで良い。メルヴェルス、上手くやれよ?」


 第一王子様はメルさんの肩をポンと叩き、あっはっはと笑いながら鍛錬場を去って行った。


「・・・何の事だ?」

「なん、でしょう、か」


 ただ声をかけられたメルさんは首を傾げ、そのまま私に視線を向ける。

 当然私も解るはずはなく、お互いに首を傾げていた。本当に何だったんだろう。


『認めん。お似合いなどと絶対に認めんぞ私は』

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