閑話、第一王子の立場

 初手を打ち損じた。そう思ったのは事実だ。だがそれは弟相手にではない。

 妹にだ。母の違う側室の妹。完全にアレに持っていかれた。

 いや、父は最初から狙っていたのだろうな。そして弟にも機会をやっていた。


 あの馬鹿は期待通り失態を侵し、廃嫡されて幽閉の身だが。

 代わりに妹はチャンスを物にした。誰よりも深い位置に食い込んだ。

 勿論俺とて手をこまねいていた訳じゃない。父に何故妹にと問い詰めたさ。


『貴様は第一王子だ。下手を打てば死ぬ事をやらせる訳にはいかんだろう』


 そう言われて、尚且つ監視が付いていて身動きが取れなかった。

 馬鹿弟の監視を緩めて、抜け出すのを見逃したにも関わらずだ。


 言っている事は正しい。父の言葉は間違いなく正論だ。

 だがその言葉が真意でない事など考えずとも解る。

 父は力を明確に分散させたのだ。我等が下手に泥沼な争いをせぬ様に。


 俺は王族としての実権を。弟達は少数ながら精鋭の騎士団を。妹は古代魔道具の力を。

 ともすれば争いかねない力関係だ。だが争う意味など欠片も無い。

 無傷で叩き潰せる算段が在るのであれば、潰し合う未来もあっただろうがな。


 だが現状では下手に手を出せば、おそらく誰もが痛手程度では済まない事になる。

 であればお互いにそこそこの関係を築いておく方が得策。

 少なくとも一つ下の弟の様な、王侯貴族を絶対とした思考は枷になる。


 そう、思わざるを得ない様に仕立て上げたのだ、あの父は。


 王子同士が争わぬ様に。国が乱れぬ様に。叔父が野心を持てば叩き潰せる様に。

 自分は何も出来ぬ凡人だ、凡才だと普段は言いながらやってくれる。

 凡人がこの様な博打を打つものか。一手でも外せばどうなっていたか。


 こんな物、狂気の沙汰と何が違う。自分の子供すら駒に出来る男がふざけた話だ。

 俺と、レヴァレスと、妹。それぞれがどう動くか、何を望むか、読み切れるものかよ。


『古代魔道具使いの家が後ろ盾になるか・・・これで同格の家以外は下手に口を挟めんだろうな。あの男がどう出るか・・・楽しみだな』


 くっと笑いながら妹の報告書を読む父は、その結果すら予測していた様に見えた。

 俺はあの家が後ろ盾などと、一体何を企んでいるのかと思っていたが。

 むしろ魔獣領と手を組んで国の頂点に立つ、等という企みが在るのではと。


『あの三下にそんな事が出来て堪るものか。心底面倒な男だが小賢しく小心者だ。だから私が突っぱねられない要求しかせんのだ。故に面倒だが、安全でもある・・・意味が解らんのであればそれでも構わん。だが制御が外れる事が凡人には恐怖だと覚えておけ』


 最初その意味は解らなかった。父も答えを言うつもりがない様に見えた。

 だがよくよく考え、そしてあの女の事を思い返し、一つの答えに至った。

 もしあの女が完全に自由に戦う事を許されたら・・・それは最悪国を滅ぼしかねない。


 我々を亡ぼすという意味ではない。その後に際限なく暴走しかねないという意味だ。

 勿論タダでやられてやるつもりは無いが、敵の居なくなったあの女は何をするか。

 先ずは邪魔な家族を殺すだろう。自分に意見をする人間を皆殺しにするだろう。


 アレはそういう女だ。一度会った事が有るから解る。あれは枷が無ければいけない女だ。


 つまりあの家が野心を持って国を掌握すれば、その結果自分達が亡ぶ事になる。

 それを予測しているから動かない。滅ばない為に、野心を持たない様にせざるを得ない。

 恐らくはそういう事だ。その結果が見えているのに魔獣領が協力するはずもない。


 そもそもが『面倒をかけてくれるな』と王家にすら言い続けている家だ。

 後々争いになるのが目に見えている事に手を貸す、等という考えを持つわけがない。

 ならば後ろ盾になったのは何故か。冷静に考えて、けれど恐ろしい事実が浮かぶ。





 我が国の古代魔道具使いは、既に魔獣の森から現れた少女に負けた。





 おそらくレヴァレスと妹はその事に薄々気が付いている。

 あの馬鹿弟の廃嫡を父がすんなり認めたのも、そう考えれば納得がいく。

 最早情報が漏れた事すら、父の仕業ではないかと思っているぐらいだからな。


 そしてその事実を公表しない以上、知らぬ存ぜぬで身内に引き込む気だ。

 絶対に手放せない戦力。確実に引き入れておくべき相手。それがグロリアという存在。

 真実に気が付いている者は皆、グロリアの価値がどれだけ高いかを理解して。


 怖気を感じた。グロリアにではない。父にだ。あの化け物にだ。

 すました顔をして、何も出来ぬ面をして、好機を確実に掴んだ狂人にだ。

 国を存続させる為なら自分の首すらも落とす覚悟に、気持ち悪さすら感じてしまった。


 叔父はあの化け物と兄弟だったのか。ご愁傷さまと言わざるを得ない。

 あんな得体のしれない化け物との生活は、さぞ精神に来るものだったろう。

 いや、その本性に気が付きさえしなければ、あるいは平穏な日々だったのだろうか。


「・・・気に食わんな」


 このまま父の良い様にされて終わるのか。駒のまま遊ばれて終わるつもりか。

 お断りだ。俺は確かに狂人にはなれん。だが駒のまま終わるつもりもない。

 せめて父の予想外の結果を導いて、あの顔を驚きに染めてやりたい。


 とは思うものの、実質二手も三手も出遅れた俺に出来る事など限られている。

 グロリア嬢を手中に収める事など、おそらくもう出来はしないだろう。

 試しに交渉はしてみるが、上手く行く気がしない。


 それでも最後まで足掻けるだけ足掻いてみるか。

 別に弟達を殺したい訳じゃない。父に逆らって王座を奪いたい訳でもない。

 ただ癪なだけだ。このまま終わるのは。どうにか父を驚かせたいだけだ。


 妹の妨害はもう無い。急ぎの仕事も片づけた。後は接触して確かめる。

 上手くやれば父の描いた盤面をひっくりかえせる。ああ、それは愉快だろうな。

 とはいえ素直に接触できる時点で、父にしてみれば既に無駄という事なのだろうが。


「まあ、やらずに終わるよりは良いだろう。無駄なあがきをするとしようか」


 ただし馬鹿弟の二の舞にならん様にだけは、気を付けて行動せんとな。




 ・・・弟があの馬鹿弟と同じ事をせんと良いが。そうなったら、それはその時か。

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