第143話、妾

 人が近付く気配を感じ、ゆっくりと目を開ける。

 すると部屋に光が入り、窓が開けられたのを感じた。

 目を向けるとリズさんの姿が在り、私に目を向けるとにこりと笑う。


「おはようございます、グロリアお嬢様」

「・・・おはよう、ござい、ます」


 実を言えば何時も通り、もっと前から起きてはいたけれど。

 私はどうにも睡眠が浅いのかもしれない。眠れない訳ではないのだけど。

 ただ奴隷だった頃と違って疲労感は無いから、別に寝れなくても問題ないんだろう。


「キャス様はぐっすり寝られておりますね」

「多分、疲れてるんだと、思います」


 昨日のキャスさんは、ほぼ常に気を張っていた。ちょくちょく探知を使っていたし。

 基本的にニコニコ笑顔だったけれど、気配が野営の時と変わらない様子だったと思う。

 だからちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ガライドに力を貸して貰った。


 彼女が寝入る前に回復魔法を少し使い、けれど自力でやるのはちょっと怖い。

 ガンさんに何度か使ったけれど、やり過ぎると危ないと聞いてしまった今は特に。

 念の為ガライドに大丈夫か聞きながら、様子見をして貰いながらかけておいた。


 そのおかげか彼女の体からこわばりが抜け、完全に脱力していた様に思う。

 今も起きないのはそのせいだろう。だって普段の野営時なら彼女はちゃんと起きるし。

 まあ、その、目を瞑りながら立ってる事も、無い訳じゃないけれど。


「ガライド、おはようござい、ます」

『ああ、おはようグロリア』


 何時も通り窓際でじっとしているガライドに声をかけると、ふわっと浮いて近付いて来る。

 それを抱きしめてからベッドを降りて、眠るキャスさんに再度目を向けた。

 多分起こさないと起きない気がする。もう起こした方が良いのかな。


「キャスさん、起こさないと、起きないと思い、ます」

「そうですか・・・ではグロリアお嬢様のお着替えを終えてから、それでも起きられない様子でしたら起こしましょうか。本日はこちらなど如何でしょう」

「・・・ええと、はい、良いと、思い、ます」


 ドレスを見せながら問いかける彼女に、何とも言えない気持ちで応える。

 楽しそうなリズさんに「何でも良いです」とは言えない。

 でも私には拘りが無いから、本音を言えば何でも良いんだけれども。


 ああ、頑丈な服が良いかな。出来るだけ破れない服が良い。

 でもそれは今日も叶う事は無く、ひらひらフリフリの服を着る事になった。

 裾の辺りの薄い布地とか、何だか網目になってる模様とか、ひっかけそうで凄く怖い。


「今日もお可愛いですよ、グロリア様」

『ああ、似合っている』


 ニッコリと嬉しそうに告げるリズさんと、声音だけでご機嫌だと解るガライド。

 その様子に違う服が良いとも言える訳もなく、そうですかと答えるしかなかった。


 キャスさんは着替えが終わっても起きなかったので起こし、彼女も今日はドレスに着替える。

 慣れないなーなんて言いながらも、特に苦も無く動いている辺り凄い。

 私なんて破かない様にと、普段以上に気を付けてうとか無いと怖いのに。


「自然な動きで、キャスさんは、凄いな・・・」

『いやグロリア、おそらく単に何も気にしていないだけだ思うぞ』

「そう、かな?」


 気にしていないだけなら、もっといろんな所に服をひっかける気がする。

 少なくとも私はそうなると思うし、キャスさんはそんな事は無い訳だし。

 なんて思いながら部屋を出て、繋がっている隣の部屋に向かう。


 この部屋は横に長い部屋になっていて、仕様人さん達が集まっている部屋だ。

 それぞれの個室はこの部屋から入る形で、廊下に出るにはこの部屋を通過しないといけない。

 前にエシャルネさんのお城で泊った部屋と同じ形だ。ただこの部屋の方が大きいけど。

 他国の王族の人を泊める時とか、その護衛や侍女を置く為の部屋だとか何とか


 そこには既にリーディッドさんが居て、誰かが用意したお茶を飲んでいた。

 ガンさんも隣に座っているけれど、彼は半分寝ている様に見える。


「おはよう、ござい、ます」

「おあよー・・・」

「はい、おはようございますグロリアさん。キャスは挨拶をするならちゃんと起きなさい」

「おはようグロリア・・・ふあぁああ」

「・・・まあここにも起きてないのが居ますが」

『半分寝ている様に見えるが、有事にはちゃんと起きるから気が抜けているとも言い難いな』


 ガンさんは応えたものの、キャスさん同様目が半開きだ。

 ただガライドの言う通り、二人共魔獣が近付いてきたらちゃんと起きる。

 とはいえガンさんは指示を聞いてからだけど。魔獣の気配が解らないみたいだから。


 彼も疲れてたのかな。あ、そういえばガンさん魔道具使ってたんだった。

 それなら彼にも寝る前に少しだけ回復魔法かけてあげればよかったな。

 でも魔力の疲労だし、自然回復の方が、彼の体には良いのかな?


 ちょっと失敗したかなと少し悩んでいると、コンコンと廊下に側の扉からノックの音が響く。

 仕様人さんが扉を開けると、その向こうに居たのは王女様だった。

 王女様は綺麗な礼を取ってからガンさんを見て、ふふっと笑ってから入って来る。


「朝食のお誘いに参りました」

「あー・・・お断りできませんかね、王女殿下」

「申し訳ありませんが、少なくともリーディッド様には一緒に来て頂きたいです」

「でしょうね・・・じゃあガンを連れて行きますか」

「は?」


 名指しされたガンさんが、ぱっちりと目を開けて疑問の声を漏らす。

 けれどそんな彼に対し、リーディッドさんは呆れたように溜め息を漏らした。


「何ですか、か弱い私を一人で行かせる気ですか」

「か弱い奴なんてここに居ないだろ」

「「あ?」」

「そういうとこだよ。リーディッドとキャスのどこがか弱いんだよ」

『まあ、か弱くは、ないな』


 リーディッドさんとキャスさんの顔が怖い。でも、えっと、か弱くは、ないと、私も思う。


「・・・ガン様、私もか弱くはない、と思いですか?」

「へ? あ、い、いや、えっと、今のは仲間に対してだけの言葉なんで・・・!」

「そうですか。残念です。これでも城に戻ってから、鍛錬の量を増やしたのですが・・・」

「え、そっち!?」

『私は王女の性格を段々掴み難くなって来たんだが・・・』


 ただ王女様は二人とは逆に、逞しいと思われたかったらしい。

 でも彼女はちょっと細いからなぁ。それにまだちっちゃいし。

 私も逞しいとは、ちょっと思えない。運動は出来る方だとは思ってるけど。


「・・・ガンさんが、嫌なら、私が、行きます」


 取り敢えず誰か付いて来て欲しいというのであれば、私が付いて行けば良いんじゃないかな。

 ガンさんを誘ったという事は、多分戦力を求めてだろうし。

 なら私が一番良い。ガライドが居れば簡単には奇襲も受けないだろうし。


「・・・グロリアさんはここに残っていて良いんですよ」

「はい、解って、ます。でも、行きます」


 最初に私を誘わなかった時点で、別に行かなくて良い事は解っている。

 けれど来なくて良いと言われなかった時点で、多分行っても構わないんだろう。

 なら一緒に行こう。私が傍に居ればリーディッドさんを守れる。


「んじゃ私、キャスも共についてまいりまーす」

「はいはい、じゃあ全員で行きましょうか」

「え、俺も?」

「・・・ガン。グロリアさんは行くんですよ?」

「う・・・はい、俺も行きます」


 あ、あれ、ガンさんが嫌ならって思ったんだけど、皆行く事になってしまった。

 何だか申し訳なくてオロオロしていると、ガンさんは私の頭を撫でて来た。

 そして「気にするなと」言ってくれて、けれど少し気になってしまう。


 とはいえ決定した以上、私に変更する権利も無い。大人しく付いて行く事に。

 王女様先導の元暫く歩くと、大きな食堂らしき所に通された。

 大きなテーブルが置いてあり、椅子も沢山ある。人数以上に。


 そしてそのテーブルには、既に食事が用意されていた。

 ただ少し気になったのは、どの料理も冷めている。一応完全に冷え切ってはいない。

 でも作りたての温かい方が美味しそうな料理も、どれも全て時間がたっている様に見えた。


「・・・もったいない、ですね」


 思わずそんな声を漏らしてしまった。だって美味しい様に食べたいと思うから。

 作ってくれた人だって、きっとちゃんと美味しく食べる事を望んでいると思う。

 少ししょぼんとしていると、王女様が申し訳なさそうに口を開いた。


「すみません、グロリア様。私達が食べる食事は、どうしてもこうなってしまうのです」

「そうなん、ですか・・・」


 理由は良く解らないけれど、そう言われたら頷くしかない。

 王女様を困らせたい訳じゃないし、素直に納得して席に着く。

 という所で複数人の人が近付いてくる気配を感じた。


 彼等は食堂に入って来て、先頭に居る男性が私達を確認する様に視線を動かす。

 そして最後に私で視線を止め、ニヤリと笑って近づいて来た。


「お前がグロリアか。聞いていた通りの容姿だな。見る限りまるで強そうには見えんが・・・ソレが嘘を吐く意味も無かろうしな。全て事実なのだろう。どうだ、俺の妾にならんか」

『コイツは殺すか』


 が、ガライド、何で時々そんなに短気なの!?

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