第144話、庇護下

「お兄様、同じ言葉を告げた者がどうなったのか、ご存じない訳ではありませんよね?」


 ガライドからキィインと音が鳴っている事に慌てていると、冷たい声が響いた。

 声の主は王女様で、鋭い眼は今私に話しかけて来た男性に向いている。

 お兄様、って事は、この人も王子様なのか。昨日話してたお兄さんの事だよね。


 男性は視線を王女様に向けると、つまらなさそうな表情を見せた。

 そしてふんっと鼻を鳴らし、また私に視線を戻してから口を開く。


「あの阿呆と一緒にするな。俺は彼女の立場を考えて妾を提案したに過ぎん。彼女は闘士であり、平民であり、元奴隷であろう。ならば求めるのは自由ではないのか。古代魔道具使いという点を考えれば側妃にも出来なくはないが、それでは彼女の闘士としての自由を奪う事になる」

「その答えが妾ですか」

「語らずとも理解出来ると思ったのだがな。俺の妾であれば王族の庇護下であり、だが側妃の様な束縛は無い。王族の一族として生きる必要は無い。彼女は闘士と、お前が言ったのだろう」

「彼女の意志を無視するならば同じ事です」

「無視するなどと誰が何時言った。俺は妾にならないかと提案しただけだろうが」

「―――――っ」


 男性のは呆れた様に告げ、王女様は眉間に皴を寄せつつも口を閉じた。

 でも男性が言っている事は間違っていない。彼は確かに聞いて来ただけだから。

 とはいえその理由なんかは言ってくれないと、わたしにはさっぱり解らないんだけど。

 あと妾って何だっけ。確か前にガライドに聞いた様な気がするんだけど・・・。


「さて、聞いた通りだ。グロリア。どうだ、俺の妾になればお前は自由だぞ?」

『どこが自由だ。貴様の付ける首輪付きだろうが・・・!』


 が、ガライド待って。何故か物凄く機嫌が悪いのは解るけど、何だか嫌な音が鳴ってるから。

 キィンと少し高めの音だったのが、ギィイイインと何かが削れるような音になっている。

 その違いで何が起きるのかは解らないけど、絶対危ない事だけは何となく解った。


「ガ、ガライド、落ち着いて、ください」

『・・・すまない』


 少し嫌な予感がしたので声をかけると、ガライドから音が小さくなっていった。

 落ち着いた様子にホッと息を吐き、ちょっと強めにきゅっと抱きしめる。


「ガライドとは・・・誰の事だ。そいつか?」

「え!?」


 すると男性は私から視線を外し、私の手元ではなくガンさんに目を向けた。

 ガンさんは驚いて背筋を伸ばして、私はあわててガライドを突き出す。


「違い、ます。ガライドは、こっち、です」

「・・・魔道具に名前を付けてるのか。まあ、子供らしいと言えば子供らしいか」

『ふんっ、これは私の名だ!』


 別に私が付けた訳じゃなくて、ガライドが自分から名乗ったんだけどな。

 何で大体の人は、私が名付けたって思うんだろうか。

 もし私が名前を付けていたら、多分『ガライド』という名前は付いてないと思う。


「命拾いしましたね」

「・・・どういう事かな、リーディッド嬢」


 そこでニッコリ笑顔でリーディッドさんが声をかけ、男性も笑顔で答える。

 ただし言葉に少し間をおいており、考える様子が見えた。


「言葉通りの意味です。余りその魔道具の機嫌を損ねない方が良いですよ」

「・・・成程、まさしく古代魔道具、という訳か。そういえば報告では我々には声が聞こえず、彼女にだけ聞こえるのであったな。妾という立場はコレにとっては不快だったか」

『当たり前だ。何が妾だ。何が庇護下だ。本当に庇護に置くだけならば他の手も有るだろうが』


 ガライドの言う事はその通りだと思うけど、彼は彼で自分の提案をしただけじゃないのかな。

 私はリーディッドさんに庇護下に居る自覚は有る。お世話になってる自覚がある。

 ただ彼の場合は彼の提案した形でしか、私を庇護に置けないと思っただけではと。

 けれどそんな私の思考を置いて、二人の会話は先へ進む。


「そもそも妾に置いて庇護下という点から馬鹿馬鹿しい。貴方の手元に縛っておける、の間違いでしょう。彼女を王族の庇護に据えるのであれば、近衛騎士にでも推薦したら良いはずでは」

「それでは彼女が自由に動けんだろう。俺は彼女の自由を優先した」

「貴方の妾になってもそれは同じ事でしょう」

「いいや。俺は彼女の行動を制限はしない。ただ俺の身内であればそれで良い。勿論彼女に与えた分は、多少返してもらいたいという打算は在るがな。それも強制はせんさ」

「はっ、強制しない様に見せる、の間違いでは?」

「流石に疑り深過ぎないか」

「貴方達王侯貴族にはこれでも足りないでしょう?」

「確かに」


 男性はニヤリと笑い、リーディッドさんに好意的な様子で彼女を肯定した。

 彼女は肯定されると思わなかったのか、笑顔が少しだけピクリと動いた気がする。

 けれどお互いに相変わらず笑顔で、ただし楽しそうなのは男性の方だけな気がした。


「相も変わらず王族に対し失礼な女だ」


 ただ二人が見つめあう時間は、男性の後ろに居た人が口を開いた事でズレる。

 男性の仕様人さんなのかな。でも男性や王子様と同じ様な感じの服を着ている人だ。

 となれば私達の様に、王族の人達に呼ばれたお客さんだろうか。

 気に食わなさそうな声で告げられた言葉に、けれどリーディッドさんは相変わらず笑顔だ


「王族が滅びかねない事態だったので、忠言を申し上げる事が失礼とは。では今後は王家が亡ぶような事態になっても、貴方様には何の言葉も送らない事に致しましょう」

「っ、そういう所が失礼だと言っている!」

「・・・女性に対し声を荒げる王子様の方が余程問題が在るのでは?」

「このっ、魔獣と戯れるしか能の無い田舎者のくせに・・・!」

「ではそんな田舎者は手放してしまっては如何でしょう。ああ、我々も清々しますね」

「兄上! こんな女斬って捨ててしまえばいいでしょう! 魔獣領など誰でも管理できます!」


 兄上。男性に対し兄上っていうって事は、この人も王子様なのかな。

 なら昨日言っていた二人の兄の、もう一人がこの人なのか。


 ただその発言は聞き逃せない。場合によっては許さない。

 前に頭が真っ白になって迷惑をかけたから、今はぐっと堪えておくけど。

 でも一つだけ解った。あの人は、敵だ。リーディッドさんの敵だ。


「おや、面白い事を叫んでおられますね、兄上」

「っ、レヴァレス・・・!」

「おやおや仰け反って如何しましたか。可愛い弟が現れた事に何を驚く必要が在るのですか」

「う、煩い・・・!」


 もう一人のお兄さんは王子様に後ろから声を掛けられ、驚いた顔で振り向いた。

 そして彼の視線から逃げる様に、お兄さんの影に隠れてしまう。


「嫌われたものですね。私はこんなにも兄上をお慕いしているというのに」

「どの口が・・・!」


 ・・・もしかして、この二人って仲が悪いんだろうか。

 いや、王子様は穏やかな様子だし、お兄さんが一方的に嫌ってるのかな。

 首を傾げながらそれを見つめていると、メルさんも食堂に現れた。


「・・・グロリア嬢。おはよう」

「おはよう、ございます、メルさん」

「ああ」


 挨拶を返すと彼は笑顔になり、相変わらず大きな手で優しく私を撫でてくれた。

 思わず口の端が上がるのを自覚しながら、されるがままに撫でられる。


「成程、一手遅れたか。まあ良い、まだ時間はある」


 そんな私達を見て、男性は小さく呟いていた。


『時間があろうが貴様の望む未来など無い』


 ガライドの機嫌は直らないままだった。

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