第142話、他の王子

「ああ、そうだ。ここで寝泊まりする以上、兄と鉢合わせる事にはなると思うからよろしく」


 奥に部屋があるけれど誰とどう分けるか、そんな相談をしていた所王子様が告げた。

 私は思わずメルさんを見上げ、お兄さんならここに居るのではと首を傾げる。

 すると彼は私の頭を撫でながら、フッと笑って口を開いた。


「俺達の兄の事だ。第一王子と第二王子。特に第一王子は王位を狙っているから、グロリア嬢に接触する気は満々だろう。なのでレディベットが色々と手を回して遠ざけていたがな」

「メルさんと、王子様の、お兄さん、ですか・・・」

『グロリアに接触か・・・ふん、都合よく使うつもりか』


 そういえば二人は第三王子と第四王子、と言っていたっけ。

 よく考えれば1と2があって、お兄さんが居ると考えるのが普通だったかも。

 二人はどんな人なんだろう。メルさんのお兄さんだから優しい人なのかな。

 でもレディベットさんが遠ざけていて、ガライドもあんまり良い反応じゃない・・・ん?


「・・・レディベット、さん?」


 聞き覚えの無い名前に思わず首を傾げ、すると王女様が「え?」と声を漏らした。

 同時に王子様が笑い出し、メルさんは少し困った様に頬をかいている。

 リーディッドさんとキャスさんは苦笑していて、ガンさんは気まずそうに眼を逸らしていた。


「ぐ、グロリア様、まさか私の名前を、覚えておられなかったので?」

「・・・あ」


 そうだ。これ王女様の名前だ。何時だったか教えて貰った覚えがある。

 でも友達も私も皆王女様って呼ぶし、他の人も王女殿下って呼ぶから忘れてた。


「ご、ごめん、なさい・・・わ、わすれて、ました・・・」


 サーッと血の気が引く感覚を覚えながら、慌てて王女様に謝る。

 すると王女様も慌てた様子で近付いて聞いて、頭を下げる私の手を取った。

 光を放ったせいでまた手袋が亡くなった、魔道具の手を握り彼女は私に視線を合わせる。


「いいえ、お気になさらないで下さい。私は『王女様』だったんですよね?」


 そしてニッコリと笑って、友達と私にとっての、彼女の名前を告げた。

 勿論名前じゃないのは解っていた。立場とか、役職とか、そういう名前だって。

 けど私達にとって彼女は『王女様』と呼ぶ友達だった。彼女も、そう思てくれてる、のかな。


「名前を憶えて頂けていなかったのは・・・やっぱり少しだけショックですね。はい。そこに嘘をつくつもりはありません」

「ご、ごめん、なさい・・・」

「ふふっ、その謝罪は受け取りましょう。けれど私を『王女様』という認識だった事には、謝る必要はありません。きっと名前なんてどうでも良かった。ただ私であれば。そうでしょう?」

「・・・はい。王女様は、王女様、です」


 我ながら答えになっていない。小さな理性は私にそう告げている。

 もっとちゃんと、リーディッドさんの様に、理由をしっかり話すべきだと。

 けれど私にとってはこれが正解で、王女様は解ってくれるような気がした。


「はい、私は『王女様』です」

「・・・ありがとう、ございます」

「ふふっ、こちらこそ、ありがとうござます、グロリア様」


 王女様はとても嬉しそうな顔で笑い、きゅっと私の手を握った。

 お礼を言った理由は自分でもよく解らない。けれどどうしても伝えたかった。

 そして王女様がお礼を返した理由も、きっと私は良く解っていない。


 でも、多分それでも、きっとそれで良いのだろう。

 無理に言葉や理屈にする必要も、意味も無いんだと思う。

 私がそれで良くて、王女様も良いなら、きっとそれで良いんだ。


「まさかあの兄と妹がこんな風になるなんてね。世の中どうなるか解らないものだ」

「どういう意味ですかお兄様」

「言葉通りだよ。随分人間らしくなったね、二人共」


 ただそんな王女様と、それっを見つめるメルさんに、王子様が愉快気にそう告げた。

 人間らしくって、二人は人間じゃなかったのかな。そんな事、あるのかな?


「次の王位は現状王弟が有力候補でしたっけ」

「リーディッド嬢は貴族に興味は無くても、キチンと情報は仕入れているね」

「当り前でしょう。興味が無い事と嫌いな事と、知る必要が無い事は全て別の事です」

「本当に君は怖いな」


 首を傾げているとリーディッドさんが王子様と会話を続け、王位が何とかと難しい話だ。

 王様の弟は王様に何か有れば次の王の可能性が高く、けれど若くはないので短い王座になる。

 その場合短い期間に何をするか解らず、出来れば兄の方がまだマシだ。


 なんて事を王子様が語っているけれど、そもそもあの王様とても元気に見えたんだけどな。

 変に外に出なかったら危ない事も無いし、病気とかしなかったら王様が変わる事も無いよね?


『あの王は中々長生きしそうだがな。その弟とやらが余程しがみ付かない限りは、王になれる様な年齢ではない気がするが』


 ガライドもこう言ってるし、それなら多分気にする必要は無い気がする。

 むしろ安心だよね。王女様達のお父さんが元気なんだから。

 私には未だ良く解らないけど、家族が元気なのはきっと良い事、だよね?


『まあ世の中何があるか解らんか。暗殺も、無くはないだろうしな』

「・・あん、さつ?」


 それは、以前の古代魔道具使いの人の様に、突然人を襲いに来るという事だろうか。

 王女様達のお父さんを、いや、もしかしたら王女様を、殺しに来るって事だろうか。

 一体誰が。その弟さんが? でも弟って事は、家族なんだよね。そんな事するのかな。


『すまないグロリア。あくまで可能性に過ぎんし、そんな可能性は無いのかもしれん。病気はいつ誰がなるかは解らんし、予期せぬ事故は誰にでもあり得る。王子はそれらの可能性を常に考えているだけだろう。確信も無く物騒な事を言ってしまった。すまない』

「そう、ですか・・・よかった」


 ガライドの言葉にホッと息を吐き、無意識に握っていた拳を開いた。

 あんな事は、きっと無い方が良い。誰かが死ぬかもしれない様な事は。


「・・・でも」


 もし本当に、ガライドの言う通りだった時は・・・私は、きっと、この拳を振るうのだろう。

 友達の為に。王女様の為に。彼女が泣く姿を見たくないから、私はきっと躊躇しない。




 敵は、敵だ。ただ、打ち抜けば、良い。

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