閑話、兄王子の想い

「殿下、宜しいですか」

「・・・なんだ」


 第二騎士団の伝令役が声をかけて来た事で、足を止めて振り向く。

 話しを聞くと魔獣が現れたと言われ、だが今までの様に心が踊らない。

 そうか、とだけ答えて、思わず踵を返したくなった。


「解った。向かおう」

「はっ、では出発のご用意を勧めさせて頂きます」


 伝令役が走って去って行くのを眺めつつ、自分も同じ方向へを歩みを進める。

 気が乗らない。城から離れる気が起きない。だがそんな事を言う訳にはいかない。

 この身は騎士であり、人々を守る者だ。魔獣が出たのであれば出動するのが義務だ。


 とはいえ本来は自分の仕事ではなく、だが自ら望んでいる事だった。

 強い相手と戦うのは楽しい。一歩間違えれば死ぬ戦いでもそれは変わらない。

 一度死にかけはしたが、それでも止められない辺り病気だと思った。


 だが今は、そんな事には興味がわかない。

 わかずとも仕事だ。故に致し方ない。

 これも民の為だ。そう言い聞かせなければ足が動かない。


「・・・これが恋というものか?」


 彼女を思い出すと胸が高鳴る。グロリア嬢の事を想い浮かべるだけで体が熱くなる。

 あの鋭い身のこなし、背筋が凍るような目、死を予感させる恐怖。

 挑みたい。挑み続けたい。頂が全く見えない高みに居る彼女に。


 彼女の根幹を支えるのは身体能力ではあるのだろう。

 根本的に『力』が無ければ、そもそも鋭い動きなど無しえない。

 だが彼女の動きはその力を最大限に使い、そして力の必要などない技量。


 俺と打ち合っている時の彼女は、力を抜く事に努めていたのだから。


「・・・あの女と立ち会った時とは、まるで違う」


 手が震えるのは同じだ。死の予感を感じたのも同じだ。だが物が違う。

 あの女なら、あの古代魔道具使いなら、おそらく殺せる。

 試合では絶対に勝てないだろうが、殺す事なら出来る。


 あの女もそれを感じていたからこそ、俺から出来るだけ距離を取ったのだろう。

 女の動きと様子に心底冷め、負けを宣言して止めたが、あの時は本当につまらなかった。

 魔道具の力に頼り、その力の研鑽はせず、自らの力量もただの女。


 あんな物に国の守りの信を置くなど、この国も長くは無いなと思っていた。

 国の未来など想う気も無く、弟と妹だけでも生き延びさせれば良いか程度に。

 冷めていたのだろう。何もかもに。だが。


「・・・明日にでも、手合わせをして貰えるだろうか」


 目を瞑れば彼女の動きを思い出せる。あの鮮やかな動きを。

 その気になれば一瞬で俺を仕留められると解る、ゾクリとする瞬間を。

 何度も、何度も、彼女は打つのを躊躇った。打てば俺を殺してしまうから。

 そう思うと魔獣の相手など、どうもやる気がわいてこない。


「いや・・・殺さずに済む人間に、なって見せよう」


 ああ、そうだな。先ずはそこからか。彼女の前に立てる人間に成らねば。

 そう思えば魔獣退治も良い訓練だ。出来ればそれなりに手応えがある者が現れてくれよ。


「不謹慎だとは、解っているが、な」


 民にとっては魔獣など現れない方が良い。安全な方が当然生活は豊かになる。

 害獣が居なければ作物は食われんし、流通も滞る事は無い。

 だから俺の考えは不謹慎で、民にとってはふざけた話で、申し訳なくも思う。


 それでも、出来れば、手応えのある魔獣で在って欲しいと、そう思わずにはいられない。

 心の中で民への謝罪を想いながら、心を切り替えて戦場へ臨んだ。




 その結果、自分が必要だったのかと思う程、魔獣は弱いものだった。

 偶に有る事だ。魔獣が出たら呼べと自分が言っていた以上仕方ない。

 思わずため息を吐きながら、おもむろに周囲の騎士達から離れた。


「・・・気が付いていないな」


 野営の準備をしているし、皆完全に休む態勢に入っている。

 相変わらずだな。第二騎士団の連中は。

 うちの団であれば全員叩き伏せられている所だ。余りに気が抜けている。


 もし今夜襲を受ければ、下手をすれば全滅するだろうな。

 父は何時までこやつらを放置するつもりだろうか。

 奴らは国に必要無い。碌な戦力にならない金食い虫でしかないというのに。


「・・・どうでも良いか」


 連中に気がつかれないように気を付けつつ、地竜を駆って城へ戻る。

 もう暫くしたころに、馬鹿共がグロリア嬢に手を出しているに違いない。

 弟が予想した以上は間違い無い。そして俺が帰る事で彼女の助けになるとも言っていた。


 恐らくは意にそぐわない場合、争いに発展させるつもりなのだろう。

 馬鹿な事だ。グロリア嬢とあの女を闘わせるつもりか。

 そんなもの勝敗は見えている。グロリア嬢が戦う気で向かって負ける訳がない。


 暗殺ならば可能性は有るだろうが、おそらくそれも叶わんだろう。

 グロリア嬢が常に抱えている球体。ガライドと呼ぶアレからは危険な気配がする。

 おそらく彼女が対応できない事態は、それこそあの魔道具が仕事をするに違いない。


 彼女の強さは、彼女自身の物だ。そこに古代魔道具の力が乗れば、ただの女が勝てるものか。

 ならば何の心配も無い。そうだ。本当は俺が戻る必要も意味も無いのだろう。


『グロリア嬢はただの女の子だ。私にはそう見えるよ。兄さんは違ったのか?』


 目を瞑れば彼女の姿が思い浮かぶ。あの恐ろしい強さの少女の姿が。

 頭を撫でられるだけでほほ笑み、名を呼ぶだけで楽し気な、ただの子供が。


「政治に子供を巻き込むのは、義務の在る者だけで十分だ」


 それが答えだ。ただの子供に、やむを得ずでない戦場に立たせる気か。

 彼女は闘士だ。戦う事を決めた者だ。なればこんな考えは彼女に失礼なのだろう。

 だがこんな下らない事の為に、彼女の拳を使う必要はない。


「待っていろ・・・!」


 きっと本当は助けなど必要はない。解っているさ。けれどそれでも、助けに向かう。

 そうすればきっとあの子は、子供らしく笑うのだろう。だから、それで良い。

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