第141話、客室移動

「あはははははは! 見たかあの理解不能な顔! ポカンとして頭が回ってなかったよ!」

『確かにあの滑稽な表情は愉快だった』


 バンバンとメルさんの背中を叩きながら、大笑いする王子様。ガライドも楽しそう。

 私には何がそんなに楽しいのか解らず、ただメルさんを叩くのは止めて欲しいと思った。

 とはいえそれで全然揺れていないあたり、全然効いていない様には見えるけど。


「いやー、それにしても笑うしかない。あの状況で第二騎士団から兄さんへ応援要請があれば、何か仕掛けるつもりだと疑ってくれ、と言っている様なものじゃないか」

「余りにも露骨で呆れます。お兄様から聞いた時は暫く言葉も出ませんでした」


 王子様はまだ笑いが収まらないらしく、くくっと笑いながら語る。

 それに対し王女様が頷き返し、呆れる様な溜息を吐いた。

 メルさんは特に反応せず、ただ黙々と歩いている。


「普通なら別方面から手を回すか、動かざるを得ない事件を作るべきですがね」

「リーディッド嬢の言う通りだが、おそらく失敗した時のリスクを極限まで減らしたかったんだろう。下手に何かしらの事件に関わっていたり、手をまわした証言をされたくなかったりね」

「危険なくして大きな利益を得ようなど下の下ですね」

「だがその結果、企みを容易く打ち砕けた」

「むしろ容易くない方が破滅させられるので、しっかり策を練って欲しかったんですけどね」

「・・・彼の判断はある意味間違ってなかった、という事か」

『きっちりした策を練っていたら、それ以上に酷い目にあっていそうだな・・・』


 リーディッドさん言葉に対し、王子様とガライドは恐ろし気な様子だ。

 でも私は彼女の言葉には反対だ。もしそんな事があれば、皆が怪我するかもしれないし。

 容易く終わるなら、何事もなく終わるのが一番だと思う。良く解ってないけども。


「あのー、すみません。俺だけ色々良く解ってないんで、説明お願い出来ませんか・・・」

「ああ、ガン様。申し訳ありません。落ち着ける場所に付いたら説明いたしますので。もう少々お時間を頂けませんか。こちらの不手際で、本当に申し訳なく思っております」

「あ、いや、その、こっちこそすみません・・・」


 王女様が慌てて謝ると、むしろガンさんが申し訳なさそうに謝り返した。

 その様子を見てまた王子様が笑い出し、王女様がむすっとした顔をしてしまう。


「お兄様、何か楽しそうですね?」

「いいや、妹が可愛らしい様子に兄として微笑ましく思っているだけさ」

「どの口が言うんですか・・・それとメルヴェルスお兄様、いい加減肩から降ろして下さい!」

「解った」


 メルさんはここまでずっと王女様を担いでいたけど、バタバタと叩かれ彼女を降ろした。

 ただし雑に降ろす事は無く、そっと、ふわっと、とても優しく降ろしている。


「お兄様は繊細なのか雑なのか、未だに解りませんわ」

「雑だぞ、俺は」

「いや兄さんは物事によって判断に差があり過ぎる」

「そうか」


 二人に言われても特に気にした風もないメルさんは、そのまま先頭を歩き出した。

 暫くすると騎士さん達が見え、あの人達はメルさんと一緒に鍛錬していた人達だと思う。

 団長さんも居てメルさんに近付き、けれどコクリと頷き合うと人を連れて去って行った。


 騎士さん達を見送った後は、さっきまでとは違う豪華な通路に通された。

 そしてその内の一室に案内され、部屋の中も通路と同じでやたら豪華に感じる。

 何だかキラキラしたツボとか、壁に飾っている物とか、色々高そう。


「ここなら許可の無い騎士が入って来る事は出来ない。何せ王族の生活区域だからね。入れるのは近衛騎士だけだ。あんな事があった後なら、君達を入れる事に反対の声も出ないだろう」

「むしろ私は最初から、皆様をこちらに泊めたかったんです」

「妹よ、それは無理だと解っているだろう?」

「解っていたからあちらの部屋を案内致しました、お兄様?」


 ニッコリと笑顔を向け合う兄妹。声音も穏やかなのに一切楽しそうに見えない。

 最近私も雰囲気で笑ってない事が解りつつある。余り解りたくないと思うのは何故だろう。

 何て思っているとキャスさんがしゃがみ、絨毯に転がり出した。気持ち良さそう。


「なるほどー、ここは王族の生活区域かー。どーりで絨毯もふっかふかなわけだー」

「おいキャス、床に転がるなよ、みっともないだろ」

「状況が全く解ってないガンに言われたくないんですけどー」

「そ、それとこれとは違うだろ!」

『流石に私もガンの言い分が正しいと思う』


 ガンさんと彼を肯定するガライドの言葉に、私は曲げかけていた膝をすっと伸ばす。

 ふかふかそうだったし、キャスさん転んだし、ちょっと触りたかった。

 そういえば犬達は元気だろうか。明日はもふもふしたいな。


「ではガン殿の要望に応え、状況説明と行こうか」


 クスクスと笑いながら王子様がそう言って、今回の説明を始めた。

 先ずメルさんはあのオジサンの騎士団から、応援要請を貰っていたらしい。

 王都の傍に珍しく魔獣が現れたという情報が入り、彼に出動する様にと。


 メルさんは魔獣が出たら情報を寄こせと、普段から言っていたらしい。

 なのでその要請自体は特に不審な事は無く、その上魔獣は実際に居たそうだ。

 本来はその魔獣を倒してから休憩をして、翌日帰って来る筈だったらしい。


 日が落ちてからの緊急出動をした後は、安全な場所に陣を取って日の出を待つんだそうだ。

 暗闇の中の戦闘で気を張っているのに、帰りまで気を張りたくないとか何とか。

 メルさんは気にしないそうだけど、一緒の騎士達が全員そうとは限らないからと。


 そしてオジサンは、メルさんが出発したのを確認してから、貴族の男性に報告。

 私達が彼に素直に付いて行けば良し、付いて行かないなら手荒になる。

 もし撃退されたとしても、あの状況に持っていく。


 更にそれだけの破壊行動の事実があれば、王子と王女を近づける訳にはいかない。

 その前提で配備された、何も知らない第二騎士団は、二人を足止めする。

 ただし王族でも止められない例外が、騎士であるメルさんだと。


「兄は単独で急いで城に戻り、そして私達を回収。君達の破壊行為が咎められない様に、兄も城を破壊。我が兄ながら、素手で城を破壊する様子は血がつながっているのか疑いたくなるよ」

『おそらくこやつは、魔力を筋力に変換出来る人間なのだろうな。体内で魔力が一時的に膨れたのを観測した。あの力で打ち込めば石壁ぐらいは壊せるだろう』


 魔力を筋力に。私の紅を纏った時と同じ感じかな。

 でも私と違ってメルさんのは目で見ても解らない。

 もしかしたら私も頑張れば、自力で同じ様な事が出来るのかな?

 話しとは違う事に首を傾げていると、ガンさんが納得した様に頷いていた。


「ああ、リーディッドとキャスは三人の接近に気が付いていて、会話で時間稼ぎをしていた、って感じなのか。王子殿下が到着すれば、事は片付くと思って」

「そんな感じです。まさか今日すぐに仕掛けて来るとも、あそこまで雑とも思っていなかったので、完全に油断はしていましたが。グロリアさんには迷惑をかけてしまいましたね」

「え、私はー? ねーリーディッド、わたしはー?」

「すみませんでした、グロリアさん」

「無視したこの人!」


 キャスさんが後ろから掴みかかっても、一切を無視するリーディッドさん。

 私はどう反応すれば良いのか困り、オロオロと二人の顔を見比べてしまう。

 ただそんな様子が面白かったのか、キャスさんはクスクスと笑って抱き付いて来た。


「まー結果が良ければ良しって事で。良いよね、グロリアちゃん」

「は、はい。良い、です」

「だってさー、リーディッド。良かったねー」

「何故貴女が仕切っているんですか・・・まあ、あんまり謝っても彼女は逆に困りそうですか」


 はぁと力が抜けた様な溜息と共に、リーディッドさんは優しく私の頭を撫でた。

 多分悪い返事ではなかった、んだよね。笑ってくれてるし。


『キャスは解ってやっているのかどうか、時々分からなくなるな。ふざけているのはわざとなんだろうが・・・まあ良いか。グロリアの為の様だしな』

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