第140話、排除対象
「貴様ぁ! 一体どういうつもりだ!!」
隊長さんの言葉にどう答えたら良いのか悩んでいると、聞き覚えの有る声が響いた。
目を向けると初めて会った騎士のオジサンが、怒った顔で走って来ている。
ただ彼の視線は隊長さんに向いていて、彼の傍で立ち止まった。
「何の権限があって私の部下を拘束した!」
『ああ、あの馬鹿共はこいつの部下か。成程解り易い。同類という訳だな』
オジサンの部下。でもあの二人は、時鍛錬の場には居なかったような。
全員同じ所で鍛錬している訳ではないのかな。
でもよく考えたら魔獣領の兵士さんも、鍛錬と休みと巡回と壁に分かれてたっけ。
「騎士団の部隊長としての権限を行使しました」
「そういう事を言っているのではない!」
「ではどういう事を仰っているのでしょう」
「人を馬鹿にしているのか貴様は!!」
「いいえ。むしろ察しが悪い私に解る様に説明をして頂きたく思っております」
隊長さんは真顔でオジサンに返し、けれどオジサンは一層怒り顔になって行く。
ただ途中で大きく息を吐くと、少しだけ冷静に戻った様子を見せる。
「他の騎士団に手を出した。その事実がどういう事か解らんのか、貴様は」
「所属の違いで捕らえるべき相手を放置する規則は騎士団には在りません」
「馬鹿か貴様は! こんなものは規則など関係の無い常識だろうが!!」
けどそれも一瞬で、また大声で怒鳴り出した。
でも言ってる事は隊長さんの方が正しい様な気がする。
「申し訳ありませんが、規則にない事を常識と語られても困ります。我々騎士団は力を持つが故に規則を徹底しなければなりません。私はただ職務を粛々と務めるだけです」
「貴様っ・・・ふん、そうか、そうだな、確かに規則は徹底しなければな」
『・・・今度は何を考えた、こやつ』
隊長さんの言葉に一瞬叫びかけて、けれど途中でニヤッと笑うオジサン。
「では第二騎士団、団長として命ずる。拘束した三人を第二騎士団に引き渡せ」
「それは・・・」
「上司の命令は絶対だ。違うか」
「・・・団長に指示を仰ぎたく思います」
「貴様の上司は今ここに居ない。ならば従うべきは誰の言葉だ。規則ではどうなっている」
「・・・団長のお言葉です」
「ならばとっとと指示を出せ。それと、この事態を引き起こした主犯を拘束せよ」
「主犯?」
「そこに居るだろうが。城を破壊した大罪人共が。言い逃れは出来んぞ貴様等」
オジサンはニヤッと笑い、その笑みを私とキャスさんへと向ける。
隊長さんは少し厳しい顔で目を瞑り、けれど動く様子を見せない。
キャスさんは「さいてー」と小さく呟き、リーディッドさんは目が冷たい。
ガンんさんは少し周囲を見回し、逃げ道を確認している様に見える。
「何をしている。早くこの犯罪者共を捕らえろ。城の破壊など王家への侮辱だ。騎士としては絶対に見逃せぬ大罪であろう。違うか」
「・・・私の判断では行えません。第二騎士団でお願い致します」
「今ここには私が居て、貴様の部隊が居る。ならば貴様が動くべきであろうが。まさか逃がすつもりか。捕らえられる機会だというのに、私の命令を無視するつもりか貴様」
「・・・っ」
隊長さんは悔しそうに床を見つめ、部下らしい騎士さん達は心配そうにしている。
ただそんな状況の中、リーディッドさんはすっと前に出た。
オジサンは大げさに後ろに引き、その様子を彼女はハッと鼻で笑う。
「こんな上司の命令に逆らえない組織など、やはり信用できないじゃないですか。さっき貴方何て言いましたっけ。尋問はしっかり行う、でしたっけ。出来るんですか、この状況で」
「・・・言葉も無い」
『間違いを間違いと正せない組織か。何時の時代も変わらんな。全くもって下らん』
隊長さんの力の無い言葉に、オジサンはニヤリと笑みを見せた。
ガライドは気に食わなさそうに呟き、球体からキィンと音が鳴り始めた。
何をするつもりだろう。そう思っているとオジサンが口を開く。
「貴様らが悪いのだ。大人しく従わない貴様らがな。おい、貴様等、早く―――――」
「・・・頭に血が上っていた演技が随分と上手じゃないですか。誰の入れ知恵ですか?」
ただ彼の笑顔は、リーディッドさんの質問で消えた。
その表情はギクリとしたように見え、何だかおかしな反応に感じる。
「――――な、なにを、言って」
「何故団長自らやってきているのに、団員が一人も居られないので?」
「それは、私がこの事態をいち早く気が付いたから――――」
「このような大事だというのに、単独で向かわれるのが団長のされる判断なので?」
「あ、当たり前だろう。騎士団長として、自ら出向く必要があれば――――」
「ならばご自分で最後まで仕事を全うされてはどうですか。他の騎士団など使わずに。そんなつもりは最初から毛頭ないのでしょうけどね」
そこでオジサンは返す言葉が無くなったのか、目を見開いて固まってしまった。
「貴方はわざと自分の部下を連れてこなかった。そして自分の部下ではなく彼等に捕らえさせたかった。私達と彼等、二つの邪魔者を排除する為に。私達は抵抗の為に戦って逃げて王家と敵対し、彼等は王女殿下の客人に冤罪を被せた罪で処分。大体そんな所でしょう。下らない」
『なる、ほど。随分回りくどいが、敵対して暴れていれば、あり得なくはない未来だ』
またハッと笑うリーディッドさんの言葉に、今度は隊長さんも驚いていた。
そしてオジサンに目を向けると、オジサンは首を横に振る。
「ざ、戯言だ! 良いから早くこのガキ共を捕らえろ!」
「・・・まあ、貴方が考えたとは思えませんけど。策を実行されるのであれば、少々と言えない穴が複数ある。態々全部は教えてはあげませんけど、ここまで大きな穴に気が付かないとは」
「黙れ! それ以上口を開くな!」
「聞こえませんか。足止めを振り切る音が。私にはよぉーく聞こえますよ」
「―――――っ」
オジサンが驚いて周囲を見回した瞬間、ズガァンと近くの壁を破壊する音が響いた。
そのせいで土煙が舞い、けれどそれに隠れない巨体が現れる。
何で壁をぶち抜いたのか解らないけど、そこにはメルさんの姿が在った。
「ふむ、気が逸ってうっかり壁を壊してしまった。妹よ、やはり父に咎められるだろうか」
「当然あるでしょうね。少々どころではないお小言を頂く程度は確実に」
『くくっ、へたくそな演技だな』
そして何故かその肩には王女様が担がれていて、はぁっと大きな溜息を吐いている。
ただメルさんの言葉は棒読みだった。ガライドの言う通り下手な演技の様だ。
そんな彼の事を呆けて見ていると、その背後から王子様も現れた。
「兄さん、何をやっているのさ。全くもう、大変な事になってるじゃないか。おや、騎士団長殿、何故こんな所に? ああいや解っているとも、兄が暴れたせいだな。いやー、これは随分と風通しが良くなってしまった。うん、本当に騒ぎにしてしまって申し訳ない」
「で、殿下・・・!」
「どうしたんだ。ここに居るはずがない、って顔をして。あ、ちゃんと足は在るぞ。間違い無くここに居るとも。それとも私達がここに居ては何か問題が在るのかな?」
「い、いえ、そんな事は・・・」
「なら良かった。ああリーディッド嬢、騒がせてすまない。兄がどうしてもグロリア嬢に会いたいと言って聞かなくてね。妹が一緒なら夜でも問題無いだろうと、抱えて真っ直ぐに走り出したんだ。我が兄ながら一途な事だが、周りが見えていないのはいただけないな」
うんうんと頷きながら、周りの反応を無視して語り続ける王子様。
その様子をキャスさんはニマっと見つめ、リーディッドさんも笑っている。
リズさんは動揺無く、ガンさんだけは良く解っていない感じだ。
私は一応解っていた。ガライドがちょっと前に『マップ』を出していたから。
多分キャスさん達も索敵で気が付いていたんじゃないかな。
二人なら城全体の人間の動き把握できると思うし。
「さて、この場は私に預からせて頂けないか。ああ、勿論兄には重々注意をしておく。王族として客人と騎士団に手間をかけさせた事を謝罪しよう。すまなかった」
そして最後に王子様が締め、良く解らないままに事は終わった。
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